『夢売るふたり』

 見る前は阿部サダヲ松たか子の夫婦で結婚詐欺がテーマということでもっとコメディっぽいのかと思ったけど、予想以上にシリアスな映画だった。
 阿部サダヲ松たか子は小さい居酒屋を営む仲の良い夫婦。料理の腕は確かだけど不器用な阿部サダヲをしっかり者の松たか子が支えることで借金して始めた店を何とか軌道に乗せてきた状況。
 ところが、営業中の不注意で店は全焼。「もう一度二人で店を…」と思いつつ、松たか子はラーメン屋でのバイトに精を出すものの、阿部サダヲは持ち前の不器用さが災いして、雇われの板前としてはうまくやっていけずに自分の人生にも投げやりになっている状態。ところが、ひょんなことから店の元常連の女性と一夜の関係を結んでしまって、さらにその女性が手切れ金として受け取ったお金を手に入れることになります。
 事情を知った松たか子は最初激怒するのですが(ここのシーンは面白い!)、夫のキャラと身の上話を使えばうまく結婚詐欺が出来るのではないかと思いたち、ここから二人の結婚詐欺師としての生活が始まります。


 とりあえず阿部サダヲはハマリ役。カッコイイわけではないが時にかっこ良く、ちょっとインチキ臭そうでありながら純粋さもあってという阿部サダヲの姿は、女性を騙す男としての説得力があります。
 また、嘘をつきながらも時に素ではまってしまう様子も阿部サダヲだからこそ説得力がある。

 
 ただ、それ以上にすごいのが松たか子の演技。松たか子演じるほぼ完璧な「妻」は阿部サダヲの”一夜の過ち”を責めつつ、そこから夫のキャラを利用して結婚詐欺に走るんですけど、単純な阿部サダヲが自分の想定以上に結婚詐欺にのめり込んでいってしまった時の、憎しみやプライドが入り混じった顔は「すごい!」としか言いようがない。
 脚本・監督は女性の西川美和監督。この松たか子の役は女性の良い感情・悪い感情をすべてごたまぜにして体現しているような役で、その造形もさすが女性ならではという感じで深いんですけど、松たか子はそれを清濁併せ呑むかたちで演じきっています。


 ただ、脚本全体としてはややアンバランスな気がします。こういう犯罪者を主人公に据えたものはそのおわらせ方が難しいんですけど、この『夢売るふたり』も着地はやや強引。
 最後に、阿部サダヲが自らシングルマザーの木村多江をターゲットとして見つけてくるのですが、そこにウェイトリフティングの話とかに深入りしすぎてしまって、木村多江の話がじっくり描けていないです。
 ここでは「子ども」がポイントになっていて、子ども好きの阿部サダヲ木村多江の家庭にのめり込み、一方で松たか子には子どもがいないことが、最後の破局を準備します。ただ、この描写がかなり駆け足なので、そのあたりの心の動きは少しわかりにくいと思います。
 

 ただ、とにかく松たか子は素晴らしいのでそれだけでも見る価値はあり。ドラマ『運命の人』では結局「良妻」で終わりましたが、この映画ではその裏のダークサイドを含めて演じきっています。


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