フランシス・ローゼンブルース、マイケル・ティース『日本政治の大転換』

 『日本政治と合理的選択』などで知られるアメリカ人の日本政治研究者フランシス・ローゼンブルースが、若手の研究者マイケル・ティースと組んで、「1994年の政治改革が日本政治にいかに影響を与えたか?」ということを論じた本。
 著者は2人とも政治学の合理的選択論という学派に属している人物で、選挙制度とそれに対する合理的選択が日本の政治や経済、外交などにいかに影響と変化を与えたかということが分析されています。
 また、日本の政治や歴史についてほとんど知識のない外国人に向けた本のため、第2章「日本の歴史、日本の文化」、第3章の「「実験」と「挫折」の日本政治史」は、日本の歴史の概説に当てられていて、「外国人の目から見て日本の歴史がどのようにまとめられのか」という観点からも興味深いものになっています(特に第2章は縄文時代から江戸時代までの日本の歴史を20pほどに凝縮していて面白いまとめになってる)。


 この本のサブタイトルは「「鉄とコメの同盟」から日本型自由主義へ 」。
 この「鉄とコメの同盟」とは次のようなことになります。

 グローバル経済が浸透してくる以前の自民党を支え、同時に自民党が政策でもって維持していたのは、「鉄とコメの同盟」とでも言うべきものだった。競争力の強い近代的な産業部門(「鉄」)からの多額の政治献金を、個々の候補者の集票組織に分配して、競争力の乏しい伝統部門、とくに農業に従事する有権者(「コメ」)の票を動員することで、自民党という政党組織は存続していたのだ。(77p)

 また、同じ事を次のように言い換えた部分もあります。

自民党は政策決定権を、政治献金を提供する企業と、票を提供する経済のなかの「後進部門」とに「売る」という公式を編み出したのだ。この「販売行為」が利益を上げていたからこそ、自民党は党内の各派閥の忠誠心を維持することに成功し、分裂を回避しえたのである。(16p)


 こうした自民党、あるいは日本政治のあり方というのは今までも論じられてきたことかもしれませんが、この本の特徴はこのシステムの成り立ちを、戦前からの官僚制や「1940年体制」などではなく、1925年の普通選挙制度導入時に護憲三派の妥協として成立した中選挙区制という日本の選挙制度に求めている点です。


 中選挙区制では同じ選挙区に同じ政党から複数の候補者が立候補するため、その選挙は「政党本位」「政策本位」ではなく「人物本位」になります。
 ふつうこの中選挙区制では「遠心力」がはたらき、政党は常に分裂の危険性を抱えています。なぜなら同じ政党の中に常にライバルがいて、そのライバルとの違いを出そうとする誘因が存在するからです。
 ところが、自民党はこの「遠心力」を克服します。自民党は党の分裂と候補者の共倒れを防ぐために次のような手段をとったといいます。

 そこで自民党は、同じ選挙区の政治家を別々の政策分野に特化させることで、彼らが機能面での「分業関係」に立つように仕向けたのである。こうして各選挙区で自民党代議士の後援会が並立する状況を維持することこそ、自民党の役目だと言ってよいかもしれない。(79p)

 自民党は同じ選挙区の代議士が国会で同じ委員会に所属しないように調整し、それぞれに「得意分野」を持たせ、「手柄」をたてさせることで、党の分裂を回避しつつ常に与党の座を守り続けたのです。


 そして、この中選挙区制のもとでは個別の政治的利害関係を持たない一般的有権者よりも、政治に個別の利害関係を持つ集団や企業の声が優先されやすくなります。自民党の個々の候補者にとって必要なのは自民党の政策パッケージ全体を判断して支持する有権者ではなく、その候補者を通して特定の政策の実現を目指す有権者の集団だからです。
 ここから著者たちは、日本のさまざまな規制、農業保護、護送船団方式と呼ばれた銀行システムなどの多くがこの中選挙区制と親和的であり、「戦後日本の経済システム」を規定した大きな要因が中選挙区制であったと結論づけ、次のように述べています。

 仮に日本で最初から英米型の小選挙区制が導入されていれば、主要政党は「鉄とコメ」よりも多様性に富んだ、複雑で幅の広い政権支持基盤をつくりあげていたことだろう。極端な政策を追求する組織の政治力は減らされ、選挙戦は組織票ですくい上げられない有権者に訴えかけるようなものとなっていたはずだ。いっぽう、仮に大陸ヨーロッパに多い比例代表制が導入されていれば、労働組合がつねに強力な発言力を有する政治システムになっていただろう。(136p)

 

 まあ、ここまで選挙制度によって社会システムが変わるとは思えない人もいるでしょうし、ここまで自民党中選挙区制に適応したシステムをつくりあげたのにどうしてそれを放棄して小選挙区比例代表並立制を選んだのかのか?という謎が湧いてきます(小選挙区比例代表並立制の導入は非自民の細川連立政権によってなされましたが、自民が賛成しなければ参議院を通らない状態だった)。
 著者たちは選挙制度の変更の要因を、日本経済のグローバル化、都市化などに求めます。中選挙区制を維持するための非効率な経済システムは経済のグローバル化バブル崩壊後の不況によって維持困難になり、人口の都市への移動は自民党の支持基盤である農村のパワーを奪ったのです。

 
 では、小選挙区比例代表並立制の導入によって日本の社会ステムは変わったか?
 当然ながら「変わった」というのが著者たちの答えになります。端的には次のような変化があったといいます。

 現在の小選挙区比例代表並立制は、国際競争力のある企業と都市部の納税者・消費者の提携による新しい与党基盤の出現を促すものだ。そして、この新しい与党基盤は、さまざまな支持集団をひきいできる大きな政府よりも、納税者の負担が軽い小さな政府を好むものである。(181ー182p)

 なんとなく小泉政権そのものを思わせる記述でありますが、小泉首相小選挙区比例代表並立制導入以後、もっとも成功した政治家であることを考えるとこの見てては正しく見えます。 
 著者たちによると、90年代後半から00年代にかけて中選挙区制自民党の代議士が当選するために必要だった恩顧主義に基づいたシステムが解体され、小選挙区制において勝敗のカギを握る一般的な消費者向けの政策が次々と打ち出されています。それは例えば銀行の護送船団方式の解体であり、農家への補助金の削減であり、公共事業の削減であり、郵政改革です。そして著者たちも指摘するように、皮肉にもそうした改革を行ったのは自民党小泉政権でした。


 さらに選挙制度の変更の影響は日本の外交にも及ぶと著者たちは見ています。

 中選挙区制のもとでは、自民党の政治家たちは選挙区への利益誘導と後援者のサービスで競い合ったために、対外政策に無関心でいられた。「外交は票にならない」とは、五五年体制下の政界でよく言われたことである。だが、ひとたび小選挙区制が導入されると、政治家たちは多くの有権者に影響を及ぼす政策問題について、立場を明確にすることが必要になった。そして「多くの有権者に影響を及ぼす政策問題」として外交問題は代表的である。中選挙区制から小選挙区制に移行し、競争のかたちが変化するとともに、外交に対する有権者の関心が高まったのは当然だった。(228ー229p)

 
 このあたりは去年の総選挙での各党の外交政策に関する「タカ派」ぶりを思い出させます。
 ただ、著者たちは日本のナショナリズムは抑制されたものであり、右翼的な言説は政界の主流には成りえないと見ています(一方、格差の拡大や、中国や韓国の「熱い」ナショナリズムが日本の排外主義に火をつける可能性も指摘しています)。


 このようにこの本では「選挙制度決定論」ともいうべきものが展開されています。はたしてそこまで選挙制度が社会の決定因子なのか?という疑問は残りますが、日本の近年の政治・経済・社会の変化について、一定の説得力を持った議論が行われているのは確か。
 ただ、一つ現実とずれているかもしれないと感じたのは「日本において政党の規律は強力である」(262p)と見ている点。
 確かに小選挙区制で首相が解散権を持つ政治システムでは政党の規律は強くなるはずです。しかし、政権末期の民主党に見られるように日本の政党の規律は今のところ強いとはいえません。
 著者たちは、同じ小選挙区制でも政党の規律の弱いアメリカでは恩顧主義的な政策が行われる余地があると見ていますが、日本もこのまま政党の規律が弱いままでいけば、小選挙区制を導入しながらも結局は恩顧主義的な政治が行われていくのかもしれません(ちなみに比例代表制では政党の規律が強かろうと弱かろうと正統派組織票に媚びると見ています(222p))。


 というわけで、当たり前ですが「日本の転換」のすべてを見通せている本ではありません。ただ、扱っている範囲はこのボリュームにしては非常に幅広く、また著者たちの理論も一貫しています。入門書というものではないですが政治学の知識がなくても読めるように書かれていますし、近年の日本の政治のあり方の変化を考える上で一つの一貫した視座を与えてくれる本と言えるでしょう。
 特に今回の選挙の結果を見て「小選挙区制はダメだ」と感じた人は、この本の「選挙制度決定論」に目を通してみるといいと思います。選挙制度の変更は、実は想像以上に社会を規定しているものなのかもしれないのです。


日本政治の大転換: 「鉄とコメの同盟」から日本型自由主義へ
フランシス ローゼンブルース マイケル ティース 徳川 家広
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