キース・ロバーツ『パヴァーヌ』

 1588年、エリザベス1世が暗殺され、スペインの無敵艦隊がイギリス上陸作戦に成功。イギリスはローマの支配下に入り、宗教改革の動きは潰される。そんな「歴史のIf」があったら…
 「歴史のIfもの」というのはSFの一つのジャンルで、「第2次世界対戦で日本やドイツが勝利していたら…」という設定で書かれたフィリップ・K・ディックの『高い城の男』なんかが有名ですが、この『パヴァーヌ』もそうした「歴史のIfもの」。


 ただ、この『パヴァーヌ』のすごいところは、「歴史のIf」が起こったのが16世紀なのに小説の舞台は20世紀後半。つまり、「ローマ・カトリックがヨーロッパを支配し続けたらその後のヨーロッパはどうなったのか?」という、かなり壮大なテーマを描いているのです。
 その世界では、蒸気機関が非常に発達している一方で電気やガソリンを使った内燃機関はほとんど発達していません。自動車がない代わりに蒸気自動車ともいうべきものが走っており、電話や電信がない一方、各地に信号塔がつくられ、そこをリレーする形で高度な通信が行われています。
 また、ギルドがいまだに大きな力を持っており、専門職につくにはギルドに入る必要があります。ある種の技術だけが進化した中世社会がこの小説では展開されているのです。
 「あとがき」と「解説」でそれぞれ宮崎駿の『ラピュタ』や『ナウシカ』が一つのイメージとしてあげられていますが、確かに宮崎駿が描く世界を思い起こさせますね。


 この小説は連作短編になっており、前半ではイギリス南西部の街と荒野を舞台に、そこに生きる人々とこの世界の様子が描かれます。あくまでも主人公を中心に世界がすこしずつその姿を見せる形で描かれているので、世界の全体像を早く知りたい立場からするとややもどかしくも感じますが、この前半で丁寧に描かれる世界の姿のリアリティが後半のドラマの盛り上がりにつながっています。


 そして、第4旋律「ジョン修道士」、第5旋律「雲の上の人々」、第6旋律「コーフ・ゲートの城」と大きく世界が動きます。
 ネタバレになるので詳しくは書きませんが、そこでは宗教と身分制度によって押さえつけられていた人びとがその軛から逃れようとする姿が描かれています。
 特に第6旋律「コーフ・ゲートの城」の主人公の女城主、エラーナの戦いは、ピューリタン革命時にコーフ城を守りぬいた城主夫人、レディ・メアリーの実話をモデルにしたもので、盛り上がります(小説ではこの攻防戦が20世紀末という時代に移されている)。
 

 サンリオ文庫時代から名高い作品でしたが、今回読んでみてその評価も納得。
 「歴史のIfもの」として、その世界観の広さと独自性は見事ですし、世界の描写も緻密でよく練られています。さすがに最近の小説からするともっさりとした部分もありますが、このジャンルの金字塔として輝く作品だと思います。


パヴァーヌ (ちくま文庫)
キース ロバーツ Keith Roberts
4480429964