松籟社<東欧の想像力>シリーズの第9弾。ラジスラフ・フクスはチェコの作家で、ボフミル・フラバルやミラン・クンデラとは違い1968年のプラハの春以降もチェコにとどまって作品を発表し続けています。
そんなフクスが1967年に発表したのがこの『火葬人』。
舞台は1930年代後半のプラハ。主人公のコップフルキリング氏という火葬場に勤め、火葬こそが近代的な埋葬方法だと確信している平凡ながら奇妙な人物です。
舞台設定でピンときた人もいるかもしれませんが、1930年代後半のチェコといえばナチス・ドイツの圧迫を受け1938年にズデーテン地方を割譲、さらに1939年にはボヘミアとモラヴィアは保護領としてドイツに編入されます。
そんなナチスの狂気が迫る中でドイツ人の血を引くコップフルキリング氏がじょじょにその狂気に侵されていくというのがこの小説のストーリー。ある意味でホラー小説といえるかもしれません。
ただ、この小説の「怖さ」というのは、そこで行われている出来事というよりは小説の雰囲気にあると思います。
ペストの恐怖を再現した蝋人形館や火葬場の描写、コップフルキリング氏が通う医者の部屋にかかっている絵をめぐるエピソードなど、不気味なイメージが随所にあります。
そして何よりも不気味なのはこの小説にはほとんど「会話」がないこと。
登場人物の発するセリフはあるのですが、それはほぼ「対話」になっておらず、一方の人物が一方的にしゃべるかたちで書かれています。特に主人公のコップフルキリング氏の独白とも演説とも言えるようなセリフはその内容の独善性とソフトさが相まって非常に気味の悪いものになっています。しかも、妻の言うことを信じるならば本名は「カレル」であるのに妻には「ロマン」と呼ばせたりもしています。
このように書くとコップフルキリング氏は一種の「怪人」のように見えていきますが、コップフルキリング氏とナチスに心酔する友人のヴィリとの会話では、今度はヴィリが一方的に話します。この小説では立場の強いものが常に一方的にしゃべるのです。
このあたりがこの小説の一番不気味なところなんだと思います。
驚くような仕掛けがあるわけではありませんが、不気味な小説を読みたい人にはぜひお薦めしたいですね。
火葬人 (東欧の想像力)
ラジスラフ・フクス 阿部 賢一