赤川学『社会問題の社会学』

 弘文堂から刊行が続いている「現代社会学ライブラリー」の1冊で、社会構築主義の入門書。社会構築主義のポイントをわかりやすく押さえ、さらには「非実在少年」の問題をケーススタディとしてとりあげて分析してみせたりもしながら「あとがき」まで含めて137pというコンパクトさ。このコンパクトさは入門書としては大きな「売り」だと思います。定価も1200円+税でお手頃ですしね。


 まず、多くの人は「社会問題の社会学」というタイトルに奇妙な感じを抱くかもしれません。社会問題があってそれを解決するのが社会学ではないかと素直に思う人も多いと思います。
 けれどもこの「社会問題」というのが実は厄介です。「社会問題」の中には、以前は問題とは思われていなかったものがある時期を境に「社会問題」となることがあります。代表的な例は「セクハラ」などです。今まで「なんとなく嫌だな」と女性が感じていたものが「セクハラ」という言葉を得たことで「セクハラという社会問題」になりました。
 もちろん、「「セクハラ」という言葉がなかった時には問題が存在しなかった」とはいえません。ただ、例えばカラオケでのデュエットの強要などは、「デリカシーのない上司の問題」などというように、問題はあくまで個人化され「社会問題」とまでは認識されなかったはずです。


 というわけで、実は「何が社会問題なのか?」という問いに答えるのは非常に難しいです。カラオケのデュエット強要が「セクハラ」という「社会問題」だとしても、金がないから帰りたがっている人に対してしつこく2次会に行くことを誘うことが「社会問題」だとは言い難いからです(ただ、最近は「アルハラ」なる言葉も出てきたようなのでこの手の問題も「社会問題」と認識されるようになる可能性はあります)。


 そこで社会構築主義では、「社会問題」は「クレイムを申し立てる社会成員の活動(クレイム申し立て活動)よって構築される」(18p)と考えます。「社会問題」とは何らかの社会状態を指し示すものではなく、人々によって構築されるものなのです。
 このように見ることで「何が社会問題なのか?」という厄介な問題を回避することができます。とりあえず「クレイム申し立て活動」がなされたものは「社会問題」であり、その内容の正当性や真偽を問う必要がないからです。


 さらにこの本ではジョエル・ベストの「社会問題の自然史モデル」や、イバラ、キツセの「レトリックのイディオム論」などを紹介しながら「社会構築主義に何はできるのか?」ということを考えていきます。
 特に第5章、第6章ではネットでも話題になった「非実在少年」の問題をとりあげて分析しているので、理論と現実の問題をつなぎながら社会構築主義の考え方が理解できると思います。
 過去にも「有害コミック問題」など、漫画などの性表現を規制しようとする動きは繰り返し表れていますが、その一つが2010年の東京都青少年健全育成条例の改正問題と、そこで焦点が当てられた「非実在少年」の問題です。
 「子どもの健全育成」VS「表現の自由」というある意味でわかりやすい構図で対立したこの条例は、その中に「非実在少年」という2次元のポルノを規制しようとする語句が入ったことから一気にヒートアップします。


 この問題の推移についてはこの本を読んでもらうとして、興味深いのは賛成派・反対派のレトリックを分析した第6章。
 最初はお互いに統計などを使って「いかに性的なマンガやネットの表現が子どもに影響を与えるか/与えないか」ということを示すのですが、規制賛成派は旗色が悪くなるとみるや、因果関係が不明でも危険性があるなら規制すべきだという「予防のレトリック」を繰り出します。相手の土俵に乗りつつ、「それでも規制すべき」というレトリックを展開するのです。
 この土俵を共有するというのは双方に見られるもので、対立は根本的な部分で戦われると言うよりは「子どもの保護」といったお互いに反対にしにくい理念を共有しつつ、それを実現するための方法の巧拙に焦点が当てられます。
 結局、この時は「非実在少年」というキーワードに的を絞った反対派の運動が功を奏し、条例は否決されるのですが、半年後に「非実在少年」という概念を引っ込めた改正案が成立します。著者はこのことについて、「「非実在少年」という概念を取り下げてしまえば、両者に大きな論点の対立はなくなり、規制反対派は攻め手を失ってしまいかねない」(130p)と述べていますが、まさにそのようなことが起きたのです。


 このように「有害コミック」や「性表現の規制」の問題に興味がある人が読んでもいいと思いますが、この本の一番売りはこれだけの薄さで社会構築主義をきちんと解説してくれている所。値段的にも新書にちょい増しくらいですし、お手軽に読めて勉強になる本だと思います。


社会問題の社会学 (現代社会学ライブラリー9)
赤川 学
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