『ザ・マスター』

 『マグノリア』、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・トーマス・アンダーソンの新作は、サイエントロジー創始者をモデルにした映画。『マグノリア』ではトム・クルーズ演じる変なセックス教団の教祖を描き、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でもほとんど新興宗教の教祖みたいな牧師イーライを描いたポール・トーマス・アンダーソンが、いよいよアメリ新興宗教の本丸を描くのか!という先入観で見に行ったのですが、ちょっと違いましたね。


 ホアキン・フェニックス演じる主人公のフレディは第2次大戦の帰還兵で、工業用のアルコール(?)みたいなものからいかがわしい酒のようなものをつくり出したり、常日頃から性的妄想を頭に浮かべている変人。
 そんなフレディが偶然、フィリップ・シーモア・ホフマン演じる「ザ・コーズ」という宗教団体の教祖ドッドに出会い、教祖=マスターとその団体と生活を共にすることになります。
 普通の映画であれば、主人公には戦争で心の傷を追った人物、そしてそれを飲み込む怪人的な教祖という形でストーリーが進むと思います。が、この『ザ・マスター』は違います。確かにフィリップ・シーモア・ホフマン演じる教祖は「怪人」なのですが、ホアキン・フェニックス演じるフレディはそれをも上回る「変人」なのです。


 途中、トッドがフレディに精神分析的なセッションを仕掛けるシーンや、自己啓発セミナー的にフレディを追い詰めるシーンが出てくるのですが、それでもフレディは「落ちません」。また、当初はフレディがトッドに対して「父」(マスター)を求めているように見えるのですが、そうした関係に単純に落ち着くわけではありません。むしろ、だんだんとトッドがフレディに対して同性愛的な友情を示すようになっていきます。
 けっこう年のいった男のBLという点では、この映画はクリント・イーストウッドの『J・エドガー』に近いものがあるかもしれません。


 ただ、フィリップ・シーモア・ホフマンホアキン・フェニックスカップルは「濃い」です。特にホアキン・フェニックスの「変人」の演技はすごいものがあって、映画の撮影中、普通の生活が送れたかどうかが心配になるくらいのレベル。
 また、印象的なシーンも多くて、ホアキン・フェニックスが畑を疾走するシーンとかは素晴らしいと思います。


 まあ、価値観の対立する2人がガチンコで対決した『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』に比べると、そういった対立構造がないぶんドラマとしては弱いですし、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のような時代とリンクしているような感覚もないです。映画の出来としてはやはり『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のほうが上でしょう。
 けれども、ホアキン・フェニックスの熱演も含めて強い印象を残す映画で、「わかりにくいし強烈すぎるけど確かにこういう関係性もあるのではないか?」と思いました。


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