『リンカーン』

 最初は、冒頭の戦争シーンぞ除くと暗い中初老の男たちがしゃべっているシーンばかりで眠くなったのですが、だんだん面白くなってきて、それなりに満足出来ました。
 アメリカ第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、多くの人が知っている有名な人物で、その前半生から大統領就任まで、そして南北戦争からその暗殺まで、さまざまなドラマに満ちた人物です。というわけで、大河ドラマになってもおかしくはないのですが、スピルバーグ奴隷制の廃止を規定したアメリカ合衆国憲法修正第13条の評決というドラマに絞ってこの映画を作ってます(そのため、今日見た上映だと冒頭にスピルバーグ本人による時代背景の簡単な解説があった)。
 1864年6月15日に下院の3分の2以上を獲得できずに通過しなかった修正第13条を、南北戦争が決着する前になんとしても通すというのがこの映画のストーリーです。


 この映画におけるリンカーンは、たんにリソウを語るだけの人物ではなく、時にはロビイストを使って反対派の議員を買収し(金ではなくポストで釣る)、仲間にも嘘をつき、目的の達成のためにあらゆる手をつくします。見ていて、「マックス・ウェーバーの描く理想的な政治家像ってのこんなんじゃないのかな」と思いました。
 特にこの映画では、急進的な平等主義を掲げるトミー・リー・ジョーンズが演じるスティーブンスとの対比によって、リアリストとしてのリンカーンが浮かび上がるようになっています。
 スティーブンスの信条は「白人と黒人の人種の平等」、つまりあらゆる面での人種差別の撤廃なのですが、リンカーンはこれでは急進主義すぎて周囲の支持を失うと考えます。そこで、あくまでも「法の下の平等」だけを主張するようにスティーブンスに頼むのです。
 今の視点から見れば、もちろん正しいのはスティーブンスです。けれども、当時の社会状況の中では「法の下の平等」が限界であり、それを勝ち取るためにあえてスティーブンスには折れてもらおうとするのです。
 この急進派のスティーブンスは、対立する民主党にとっても一種の攻めどころと考えられていて、反対派はスティーブンスを怒らせて過激なことを言わせようと画策します。この議会のやり取りのシーンは、当時の議会の様子もわかって面白いですね。


 そしてクライマックスの採決シーン。アメリカの大統領制では、大統領は議会に出席できず質疑なども受けられないため、主人公不在でクライマックスのシーンが進むのですが、ここの盛り上がりはさすがですね。たんなる採決でここまで盛り上がるとは思いませんでした。
 これよりあとのシーンは正直長い気もするのですが、とりあえずこのシーンで満足出来ます。
 リンカーンを演じたダニエル・デイ=ルイスはさすがの演技。アカデミー賞の主演男優賞受賞も納得ですし、前回の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の悪人役から役柄が一転していて、これまたさすがですね。
 というわけで良かったんですけど、あと、20分くらい短いともっとよかったかも。