中井久夫『私の「本の世界」』

 ちくま学芸文庫中井久夫コレクションの最後(だったはず)をかざるのは、中井久夫の書評やあとがき、読書アンケートなどを集めたもの。
 ただ、第1部のポール・ヴァレリーについて書いたものに関しては「書評」といったレベルのものではなく、かなり本格的なヴァレリー論になっています。


 実はこの本、結構前に読み終わったていたのですが、書評本の書評を書くというのはなかなか難しく今まで放置して行きました。ただ、一応、読んだ本の記録として残しておきたいなと思って書き始めたのですが、やはり難しいですね。
 というわけで、全体的な紹介はあきらめて、いかにも「中井久夫っぽい」ところをいくつか紹介して終わりたいと思います。


 まず一番印象に残っているのは最近亡くなった小田晋の『現代人の精神病理』の書評。
 小田晋というのはかなり変わった人で、その発言も時に行き過ぎていて毀誉褒貶の激しかった人ですが、この書評の中で、中井久夫小田晋を次のように評しています。

 一見、歳をとらない「大人子ども」にみえ、進んでイジメられている「イジメられっこ」の印象がある。同じ戦時下の「イジメられっこ」として、私には言葉以前にわかるところがあるのだが、学界で氏と激論する相手もどこか憎めないと思うらしい。しかし、学界では孤独な存在である。この孤独は氏が敢て選んだものであろうが…。(160p)


 他にも神田橋條治『精神科診断面接のコツ』の書評は次のようにしめています。

 薄い本だが、読者の精神状態や、人生経験、臨床経験に応じて連想によっていくらでもふくらむ本であって、およそ面接を仕事とする人は座右に備えてときどきほどよく本書の毒に当たると、身のためにも患者のためにもよいと信じる。(103p)

 『精神科診断面接のコツ』はすごい本だと思いますが、読んだ人はこの「毒」という表現に思わずニヤリとするのではないでしょうか?
 「すごいんだけど、一歩間違えると危ない」、そんな本の特徴を最後にさらっとまとめていると思います。
 

私の「本の世界」: 中井久夫コレクション 5 (ちくま学芸文庫)
中井 久夫
4480095209