ピーター・ディキンスン『生ける屍』

 マニアックなラインアップで有名だったサンリオ文庫、サンリオが出版事業から撤退したために全て絶版になり古書価格が高騰してしまったわけですが、その中でも高くて有名だったのがこの本、ピーター・ディキンスン『生ける屍』です。
 と聞くと、「どんなすごい話なんだ!?」と思う人も多いでしょうが、基本的にはけっこう地味で古めかしい話だと思います。
 ピーター・ディキンスンといえば『キングとジョーカー』を読んだことがあるのですが、これも「ヴィクトリア女王から4代目に当たるビクター二世の王室」という架空の設定を系図付きででっち上げた割には、それほどの派手さはない小説で、ディキンスンはもともとそういう作家なのだと思います(僕は扶桑社文庫版を買ったのですが、これまた絶版で古書価格は上がっているようですね)。
 

 この『生ける屍』のカバー裏に載っている紹介は以下の通りです。

医薬品会社の実験薬理学者フォックス。カリブ海の島に派遣されるが、そこは魔術を信仰する島民を独裁者が支配し、秘密警察の跳梁する島だった―。陰謀に巻き込まれ、人体実験に加担させられるフォックス。だが事態は大きく変転する。囚人との逃亡、クーデター、そして…。果たしてフォックスを嵌めた犯人は?幻の小説、復刊。


 これを読むと映画の『es』みたいな、許されざる実験とその暴走みたいな話かと思いますが、「人体実験」的な部分は意外にさらっとしていて、むしろ主人公のフォックスの科学者、そして人間としての苦悩に焦点が当たっています。
 主人公は科学者としてのプライドを持った人間ではあるのですが、日夜ネズミを使った実験をしている自分に対して疑問も持っています。

 魂と服なら幽霊、魂と肉体だけなら野蛮人、服と肉体だけなら屍 ― いや屍だけなら組み合わせなくてもひとつだけで屍だ。服と肉体の組み合わせは、生ける屍ではないか。(186p)

 これは帯の佐野史郎の推薦文でも引用されているところですが、この主人公の「生ける屍」からの脱出というのが、この小説のメインテーマになります。その点で、オカルトやサスペンスの要素もあるとはいえ、意外に王道的な小説なんだと思います。
 

生ける屍 (ちくま文庫 て 13-1)
ピーター・ディキンスン 神鳥 統夫
4480430377