『終戦のエンペラー』

 映画の日の昨日見て来ました。
 さすが予算をかけたアメリカ映画で「思わず失笑」みたいな場面はないですし、BOSSのCMがちらつくことを除けば、トミー・リー・ジョーンズマッカーサーは人物造形を含めていいと思います。ただ、ドラマの部分は弱い。
 主人公にすえられているのはマッカーサーの側近のフェラーズ准将で、彼がマッカーサーから昭和天皇の戦争責任を否定する証拠を集めるように指示されて、日本の要人と会いながらその証拠を探すというのが基本的な筋立てで、それにフェラーズが戦争前にアメリカで出会って恋に落ちた元恋人アヤとの思い出が絡むという展開です。


 このフェラーズが天皇免責の方針をマッカーサーに出したメモというのは実際にあって、1945年10月2日に提出したフェラーズの覚書がそれにあたります。このメモは知日派のフェラーズが、アメリカへの留学経験もありフェラーズとも親交のあった女性教育家の河井道を探しだして接触し、さらに元宮内次官の関谷貞三郎の見解なども取り入れつつ作成したもので、未読ですがこの映画の原作・岡本嗣郎『陛下をお救いなさいまし 河井道とボナー・フェラーズ』ではフェラーズと河井道の関係に焦点が当てられているのでしょう。
 

 ところが、この映画では河井道は登場せず、河井道の代わりにその消息が追われるのは初音映莉子演じるフェラーズの元恋人アヤです。アヤはおじが海軍の将軍という設定ですが、一般人なので天皇の戦争責任のゆくえとはノータッチです。
 ですからアヤの捜索と天皇の免責工作がまったくバラバラになってしまっていて、なんとなくチグハグな印象受けます(時間的余裕が無いはずなのに、フェラーズはアヤの捜索に遠くまででかけたり)。
 また、終戦当時は宮内庁から離れていたはずの関谷貞三郎が現役の宮内次官になっていて、昭和天皇マッカーサーの会見にも付き従います。この時、実際に昭和天皇のお供をしたのは侍従長の藤田尚徳なんですけど、この映画では取ってつけたように関谷貞三郎になっています。


 まあ、一般の人にも興味を持ってもらえるように、このようなラブロマンスを挿入する必要があったのかもしれませんが、それならば初音映莉子を河井道の教え子にするとか、もうちょっと史実に沿った脚本にすればよかった気がします。
 ちなみにフェラーズの覚書で昭和天皇の免責が完全に決まったわけではなく、その後も日本側は寺崎英成や松平康昌などが天皇免責のための工作を続けます。この辺りに関しては少し古い本ですが吉田裕『昭和天皇の終戦史』岩波新書)などを読むといいでしょう。


終戦のエンペラー 陛下をお救いなさいまし (集英社文庫)
岡本 嗣郎
4087450759