クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』

 「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」の最新刊は、『魔法』『奇術師』『双生児』などの「語り」と「騙り」を駆使した作品で知られるクリストファー・プリーストの連作短編。<未来の文学>シリーズの『限りなき夏』を読んだ人には馴染みのある「ドリーム・アーキペラゴ(夢幻諸島)」を舞台にした作品群です。


 この夢幻諸島とはプリーストがつくり出した架空の世界にある島々のこと。時間勾配によって生じる歪みが原因で、精緻な地図の作成が不可能なこの世界には、軍事的緊張状態にある諸国で構成されている「北大陸」と、その主戦場となっている「南大陸」があり、その間にあるミッドウェー海に点在する島々が「夢幻諸島」です。
 そしてこの小説は、その夢幻諸島のガイドブックという体裁をとっています。地図の作成が不可能な世界なので地図こそありませんが、最初の「風の島(アイ)」から始まって「静謐の地(アナダック)」というように、島の特徴とカッコの中に島の名前というタイトルで各島が紹介されていきます。


 ところが、そのガイドブックの体裁が「チェーナ− 雨の影」という章から崩れます。ここでは急に殺人事件の容疑者の調書が転載されており、この容疑者がアカル・ドレスター・コミサー、通称コミスというパントマイム・アーティストを殺害したという事件が語られるとともに、その殺人事件に冤罪の可能性があることが示されます。
 このあと、この小説では島のガイドとともにある作家へ向けたファンレター、劇場のアシスタントとなったある若者の話など、ガイドブックとは関係のない話が挟み込まれることになります。
 また、読んでいくうちに哲学者にして芸術家のエスフォーヴン・モイ、画家のドリッド・バーサースト、トンネルを掘ってそのトンネルを通る風の音をつくり出すインスタレーション・アーティストのジョーデン・ヨー、同じくインスタレーション・アーティストのタマラ・ディア・オイ、女性社会思想家のカウラ−、作家のチェスター・カムストン、同じく作家のモイリータ・ケインといった名前が何回か登場することに気づくと思います。
 そしてこの本がガイドブックであると同時に、不思議な芸術家たちの群像を描いた本であり、それぞれの因縁をたどった本だということに気づくのです。


 もちろん、プリーストの本なので全ての因縁がきれいに明かされるわけではないですが、読み進めていけばちょうどパズルのピースがはまっていくような感覚を味わえると思います。ただし、全てのピースが完全に揃うわけではないので、そこで欲求不満を感じる人もいるとは思いますが、「地図の作成が不可能な世界」なのですから、欠けたピースがあるのは仕方がないですし、それもこの本の魅力の一つです。

 
 特に『限りなき夏』を読んだ人は、「火葬」に出てきた毒を持ったスライムや、「奇跡の石塚」の舞台ともなったシーヴルが出てくるので、より一層楽しめると思います。
 

夢幻諸島から (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
クリストファー・プリースト 古沢嘉通
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