塙和也『自民党と公務員制度改革』

「福田政権が続いていればな……」。政治部記者が集まれば、大体そんな話になる。55年体制下、入念に練り上げられた日本の統治システムは、2009年の政権交代の一年前、福田内閣の突然の退陣で跡形もなく崩壊してしまった──。冒頭の嘆き節は、そうした歴史観を踏まえたものだ。
たしかに福田政権では政策が着実に具体化した。最大派閥の領袖、町村信孝官房長官に据える一方、渡辺喜美ら急進派を巧みに閣内に取り込む。党に目を転じても、小泉改革継続を訴える中川秀直はじめ改革急進派もまだ威勢がよく、そこには複雑に絡み合う利害を調整する、まさに「包括政党自民党の最後の姿があった。
本書は、そんな福田政権の最大の果実となり、後継の麻生政権で迷走していく公務員制度改革に焦点を当てながら、政治について改めて考え直す試みである。
公務員改革をめぐる永田町と霞が関、財界と労働界の攻防の中で、最高権力者たちは、大正デモクラシー期の政治任用やGHQによる労働基本権の剥奪など、迷宮のように入り組んだ公務員制度に嵌まり込んでいく。
一方、秋葉原事件リーマン・ショックに象徴されるように、政治家に決断を迫る社会は激しく動揺していた。
〈歴史〉と〈社会〉という視角を導入することで、ジャーナリズムとアカデミズムを架橋する新たな政治ノンフィクション!

 これは本書のAmazonのページに載っている紹介文。とりあえず、多くの人にとってはここでの福田政権への高評価に「おや?」と思うのではないでしょうか?
 福田政権の前後の第一次安倍政権と麻生政権に関しては、好き嫌いの別れる所で、大方の評価は低いものの、人によっては高く評価している人がいます。一方、福田政権に関しては「ねじれ国会」という状況を背負わざるを得なかったという点を差し引いても、小沢・民主党との大連立の失敗以降、特に目立った指導力を発揮せず、いきなり政権を放り投げて、「あなたとは違うんです!」という名言(?)を残したというのが世間一般の印象ではないでしょうか。


 ところが、この本を読むと歴代政権が課題としてあげながら、さまざまなところからの抵抗によってなかなか前に進まなかった公務員制度改革を、自らの決断によって大きく前進させた福田首相の姿が見えてきます。そして、同時にそれにもかかわらずに結局は失敗に終わった公務員制度改革の難しさと、政治におけるタイミングと妥協の重要性が見えてきます。
 この本は、そんな「公務員制度改革の政局」を毎日新聞、そして現在は日本経済新聞の記者をつとめる著者が追いかけたもの。
 第一次安倍内閣から留任した公務員改革担当大臣の渡辺喜美の孤軍奮闘から始まり、福田首相の決断と政権の投げ出し、麻生内閣のもとで政局の道具となっていき、そして失速する様子が、公務員制度改革の意義や難しさとともに語られています。


 福田内閣の重要課題であった公務員制度改革。担当相の渡辺喜美は公務員の一括採用と幹部人事を行う内閣人事庁の設置を狙っていました。ところが、閣内はほぼ反対一色。省庁の根強い抵抗によってその成立は危ぶまれていたのです。
 ところが、土壇場で福田首相が意欲を見せます。自ら連合高木会長に電話をかけ、公務員への労働基本権の付与をめぐる文言を調整し、民主党との修正協議をまとめ上げるのです。このあたりが、著者が福田首相を高く評価するゆえんです。


 が、福田首相は法案成立の3ヶ月後、あっさりと政権を投げ出します。
 このあたりが、一般の人が福田首相をあまり評価できないゆえんでしょうね。確かに当時に支持率では福田首相のもとでの解散総選挙は無理であり、自民党のために自ら身を引いたのでしょう。
 ただ、福田首相のリーダーシップでなんとかまとまった公務員制度改革は、当然のごとく失速します。後任の麻生首相公務員制度改革にまったくといっていいほど興味のない人物であり、担当相の甘利明がそれなりに努力はするものの、公務員制度改革は「反麻生」グループの旗印となり政争の具となっていきます。
 結局、リーダーシップのなくなった麻生内閣では、人事院谷公士が公然と反抗するなど収集がつかなくなり、福田内閣で成立した基本法を実施するための関連法案は廃案になり、公務員制度改革は未完に終わるのです。


 こういったドラマをまとめて見せてくれるのがこの本の読みどころ。公務員制度改革そのものについては、政局のドラマの中で説明されるのでややわかりにくいものがありますが、政治が「動くとき」、「動かないとき」というのを感じさせてくれる記述は面白いです。
 また、この本を読むと、「公務員の定数削減」「天下りの禁止」といった、「わかりやすい」公務員制度改革の旗印がかえって実効性のある公務員制度改革を難しくしてしまったという点も見えてきます。特に公務員の定数やポストを増やさないという制約のもとでの改革は、結局は数合わせ、ポストのやりくりにつながってしまうようです。
 ただ、そうした問題を本気で考えるのであれば、この本だけではなく、政局とは完全に切り離した形で公務員制度改革を論じた本を読む必要がありそうです。


自民党と公務員制度改革
塙 和也
4560083150