アレハンドロ・サンブラ『盆栽/木々の私生活』

 盆栽の世話をすることはものを書くことに似ている、とフリオは考える。ものを書くことは盆栽の世話をすることに似ている、とフリオは考える。(82p)

 この本には、チリの作家でポスト・ボラーニョ世代の一人、アレハンドロ・サンブラの中編が2篇収められています。タイトルはそれぞれ「盆栽」と「木々の私生活」。冒頭に引用したのはその「盆栽」の一部分です。
 「盆栽」の主人公はフリオ。彼は作家志望の若者で、ある日ガスムリという作家の書いた作品の清書をしないかと持ちかけられます。その中に盆栽が登場し、その後、フリオは盆栽づくりに熱中します。これが小説のタイトルの由来になっています。


 ただ、この「盆栽」というタイトルは、そのままサンブラの文体とも重なります。その文体はかなり刈り込まれており、華麗な修飾語や大掛かりな比喩はほとんど登場しません。ある意味で「スカスカ」とも言える文体が、淡々と出来事と時間の流れを記述していきます。
 「盆栽」では、冒頭でフリオのかつての恋人・エミリアの死が明かされます。
 書き出しは次のようなものです。

 最後に彼女は死に、彼はひとり残される。だが実際、彼女が死ぬ前、エミリアが死ぬ何年も前から、彼はひとりきりだった。彼女の名はエミリアという、あるいはエミリアといった、そして彼の名はフリオ、かつても今もそうだということにしよう。フリオとエミリア。最後にエミリアは死に、フリオは死なない。その他のことは文学だ。(13p)


 何か何も言っていないようでありながら、すべてのことを説明しているようでもあるという、不思議な文章ですよね。
 これがこの中編の骨格です。盆栽でいえば、パッと見た姿のようなものなのかもしれません。そして、このあとは「その他のことは文学だ」の「文学」の部分が語られます。あくまでも淡々と。
 盆栽には「花」がないように(ひょっとしたら花を愛でる盆栽とかもあるのかな?)、この小説にもキーになるようなドラマはありません。日常の描写だけで終わるわけではありませんが、それが物語として大きく展開することはありません(このあたりはボラーニョの『通話』に収録されている短編の雰囲気に似ているかもしれない)。
 多くの小説では「人生の転機」のようなものが描かれるわけですが、サンブラはそのようなものを決して描きません。ただ、人生は淡々と流れていくのです。
 

盆栽/木々の私生活 (EXLIBRIS)
アレハンドロ サンブラ 松本 健二
4560090297