中野晃一『戦後日本の国家保守主義』

 日本再建イニシアティブ『民主党政権 失敗の検証』中公新書)の中の「政権・党運営――小沢一郎だけが原因か」が面白かった中野晃一の単著。
 明治期から昭和戦前期まで日本の国歌権力の中枢を担った内務省、そしてその後継官庁の官僚たちがいかなる役職を歴任し、いかなる影響を与えたのか?ということを探った本。内務省、あるいは自治省の次官経験者などを中心にその後の天下り先などを調べることで、日本の支配構造の一端に迫ろうとしています。


 まず、タイトルに「国家保守主義」というおどろおどろしいタイトルが付けられていますが、この「国家保守主義」とは筆者によれば「国家権威のもとに保守的な価値秩序へと国民統合を図る」(「はじめに」Viip)考えで、この「国家保守主義」を中心的に担ったのが戦前の内務省の官僚だとしています。
 ご存知のように内務省は戦後に解体されますが、その官僚たちは自治省を中心としたさまざまな組織に移っていきます。もともと内務省は厚生省や文部省といった役所に強い影響力を持っていたのですが、戦後、解体された内務省の官僚たちは人事院、行政管理庁(総務庁)、防衛庁宮内庁沖縄開発庁内閣法制局などに食い込んでいくことになったのです。また、国会議員、知事になっていった官僚たちも大勢います。


 さらにこの本では、林敬三、鈴木俊一、石原信雄という3人の大物官僚3人の経歴を詳しく調べあげることで、天下りなどを通じた「準国家機関」での活動にも焦点を当てています。
 特に興味深い、というか気持ち悪いのが、林敬三と鈴木俊一が会長となった「日本善行会」、石原信雄が名誉会長をつとめる「日本躾の会」といった道徳啓発団体と官僚たちの関わり。著者が言うように「儒教的な仁政観と牧民官思想にもとづき、人民教化をもって自らの使命と考える内務省の国家保守主義の伝統」(70p)なのかどうかはわかりませんが(日本善行会、日本躾の会とも宝くじ協会から補助金を受けており、内務・自治官僚を迎えることはたんにそのためなのかもしれない)、エリートである高級官僚が、こういった道徳啓発事業にコミットしているというのは正直、気持ち悪いと思います。


 また、宝くじ協会が出てきましたが、この宝くじ関連の事業や団体というのが現在の自治官僚たちの重要な天下り先です。
 著者は1980年代以降の新自由主義路線の採用とともに、宝くじの当選金が引き上げられ、2006年には地方歳出総額の0.5%を超えるまで増加したことを指摘しています(107p)。それとともに宝くじ関連団体が次々と設立され、自治・総務官僚の天下り先となっていったのです。
 新自由主義路線の中でその波にのるように自治官僚たちは準国家機関を増殖させていったのです
 

 しかし、一方で著者は次のようにも書いています。

 しかしながら新自由主義の破壊的なロジックは、バブル期に保守国家のあいまいな輪郭を形成する準国家機関の変質と増大を引き起こしたのにとどまらず、同時に国家官僚制のさらなる形骸化をもたらし、やがて準国家機関を容赦ない批判にさらしていったのである。(113p) 

 この本で著者は、「国家保守主義」と「新自由主義」という2つの考えを、ともにエリートによる支配を正当するためのものとして取り扱っているケースが多いです。けれども、ここで書かれているように「小さな政府」をめざす「新自由主義」は、「強い国家」をめざす「国家保守主義」とは衝突するはずです。
 この本のストーリーとしては、「国家保守主義」をめざす内務・自治官僚は80年代以降新自由主義の波に乗ってその触手を国家からさらに社会を覆う形で拡大していった、ということなのでしょうが、逆に「新自由主義」の波と地方分権の流れの中で、国家や地方自治体に居場所のなくなった内務・自治官僚たちが宝くじなどに寄生することで生き残らざるを得なかった、というストーリーも見えてきます。
 そして個人的には後者のストーリーにより説得力を感じます。過去の内務官僚と現在の官僚との「断絶」といった部分についても分析してくれたらもっと面白かったと思います。


戦後日本の国家保守主義――内務・自治官僚の軌跡
中野 晃一
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