シュテン・ナルドにー『緩慢の発見』

 「緩慢の発見」という奇妙なタイトルの付いた本ですが、中身は北極圏を探検した冒険家ジョン・フランクリンについての伝記的な小説になります。
 ジョン・フランクリンは19世紀に活躍したイギリスの冒険家で、タスマニアの総督なども務めた人物ですが、何と言っても彼を有名にしたのはその最期。北極海を通る北西航路の発見を目指した大探検隊を率いたフランクリンは1845年に消息を絶ち、15年後に全滅したことが確認されるという悲惨な最後を遂げました。
 「人肉食が行われていたのでは?」という調査結果もあり(フランクリンはそれ以前の探検でも人肉食が疑われている)、ある種のスキャンダルのネタとなった人としても有名なのです(詳しくはWikipediaジョン・フランクリンのページを)。


 というわけで、この本も「冒険小説」かと思いきや、<エクス・リブリス>シリーズの1冊だけあって、そういった冒険ものとはちょっと違います。
 むしろ、フランクリンが有名になるまでの部分に力を入れており、特に「緩慢」という言葉をキーワードにして著者から見たジョン・フランクリン像を再構築しようとしています。
 小説はフランクリンの少年時代から始まりますが、フランクリン少年は動きも話すのものろく、いつも友人たちからバカにされる存在です。しかし、フランクリンは決してバカではなく、一度見たことは忘れず、深い洞察力を持った人間でもありました。
 フランクリンの周りでは時間はゆっくりと流れ、そのゆっくりとした流れを見ぬくことで、フランクリンはじょじょに周囲にその才能を認められ、海軍入隊後も航海や戦争を生き抜きます。そして、「緩慢」こそが自らのアイデンティティであると自負するようになるのです。


 こうした、フランクリンの周囲を流れる「緩慢」な時間を著者は丁寧に描写していきます。特に少年時代の描写に関しては、なかなか印象的です。
 ただ、物語の後半の北極探検となると、周囲に指示を出さなければならないリーダーになったこともあって、その描写は、やや「普通」な印象を受けます。個々のエピソードには「緩慢」さがでているのですが、描写に関しては少年時代のような鮮烈さというものはないんですよね。
 読まれる力はあると思いますが、そのあたりがやや惜しい気もします。


緩慢の発見 (EXLIBRIS)
シュテン ナドルニー 浅井 晶子
4560090300