フラン・オブライエン『第三の警官』

 アイルランドの小説家フラン・オブライエンの怪作。著者の死後の1967年に発表され、「20世紀小説の前衛的方法と、アイルランド的奇想が結びついた傑作」との評価を得た作品なのですが、実は書かれたのは1940年で、そのときは出版社に拒否されて公表を断念させられています。
 まあ、それだけ「突き抜けた」小説で、今の時代ならともかくとして、当時として受け入れられなかったのもわかります。さまざまな小説のパロディであると同時に、今なお色褪せないオリジナルな奇想に満ちた小説です。


 主人公は、ド・セルビィという科学者にして哲学者を研究している若者で、その出版資金欲しさに使用人のディヴニィという男とともに金を貯めこんでいる老人・メイザーズを殺そうとします。とりあえず、この流れはドストエフスキーの『罪と罰』です。語り口も主人公の性格付けも全然違いますが、インテリが強欲な老人を殺して金を手に入れ、それを正当化しようというのは同じです。
 ところが、その殺人をきっかけに主人公は不思議な世界へと迷い込みます。
 やたらに自転車にこだわる警官、そして自転車に乗り続けることによって自転車と人間が融合し、「自転車人間」になるということがまじめに語られる不思議な世界です。
 奇妙な規則や観念に支配されている警官の姿はカフカの描く世界の住人のようですし、途中で出てくるきわめて精巧な装飾を持つ比類なき箱、のなかにしまわれている一回り小さい全く同じようなきわめて精巧な装飾を持つ比類なき箱、さらにその箱にしまわれている…以下ずっとつづく、の話はボルヘスの考える話のようです。また、死後の世界巡りはダンテの『神曲』を連想します。
 さらに、架空の人物であるド・セルビィについての度重なる言及は、この小説を一種のメタ小説にしています。


 こうして書くとかなり小難しい小説という印象を受けるかもしれませんが、それは違っていて、基本的にナンセンスな法螺話です。
 いろいろと難しいことも考えることは出来ます、特に難しいことを考えずに法螺話を楽しむといったスタンスでも読めます。個人的には後半ちょっとダレた感はありましたが、前半の流れは笑えますし、アイディア的にも面白かったです。
 ただ、「訳者あとがき」では、かなり踏み込んだネタバレがあるので、単純に楽しみたい人は「訳者あとがき」を目を通さずに読んだほうがいいでしょう。


第三の警官 (白水Uブックス/海外小説 永遠の本棚)
フラン オブライエン 大澤 正佳
4560071888