『her/世界でひとつの彼女』

 冴えない男が人工知能に恋するというありがちな話。ストーリー自体もおおよそ予想通りに進む感じで、同じスパイク・ジョーンズの監督した『マルコヴィッチの穴』のようなぶっ飛んだ話ではないです。
 ただ、その冴えない男の描き方と、人工知能との恋というSF的な話を取り囲む設定が上手い。
 まず、主人公を演じるのがホアキン・フェニックス。この時点で演技が上手いってのは当然なのですが、その人物造形も、単純な「非モテ童貞」のようなものではなくて、ある意味で繊細すぎて自分の気持を言葉に出来ない離婚係争中の男という設定で、人工知能相手だからこそ本音が言えるという状況をうまくつくり出しています。


 そして、人工知能の存在が徹底的に「声」に限定されている所も上手い。変なCGのイメージなどは登場することなく、人工知能のサマンサはあくまでも「声」だけの存在です(この声を演じるのがスカーレット・ヨハンソン】。
 「人間のコミュニケーションの核となるものは何か?」
 この問にはいろいろな答えがあるでしょうが、この映画では「声」を中心として描いています。
 主人公は手紙の代筆業を仕事にしていて、その手紙は音声入力と音声読み上げによってつくられています。そして、彼はスマホの操作も音声入力にしています。ですから、はたから見ると彼はつねにブツブツと独り言をつぶやいている男です。彼の声は基本的にパソコンやスマホという壁に跳ね返って戻ってくる感じです。


 ところが、その「声」をきちんと打ち返す、主人公の声を受け取ってそれに合成されたものではなく人間のような声で返す存在がいるだけで、そこにコミュニケーションが生まれ、そして、その声は「人格」を持ちます。
 イメージがなくとも、その存在にしかない「声」があることで、人はその他の部分を想像し、そこに「人格」を認めることができるのです。


 さらに、この「人格」のもたせ方が、この映画ではうまく出来ている。王道パターンだと最初は子どもから始まって、それを教育していくうちに次第に自我が生まれて…みたいなのだと思うけど、それだと見ようによってはグロテスクな「非モテのロマン」にしかならない。けれども、この映画では人工知能が最初から大人の「人格」として登場することで、人工知能との恋愛というものが普通の人間にも起こりうるということをスマートに提示しています。


 主人公の周囲の女性の描き方も上手いですし、結果、なかなか切ない物語になっています。
 スパイク・ジョーンズということで音楽と画はいいですし、主人公がプレーするゲームや主人公の友人がつくっている「完璧ママ」なるゲームは笑えます。やや長く感じる部分もありますが、面白い映画でした。