アレンド・レイプハルト『民主主義対民主主義 原著第2版』

 もはや政治学の新しい古典とも言っていい本の第2版。まだ読んでいなかったのですが、この度第2版が出たのを機に読んでみました。
 個人的にこの本を読んで得られた知見は以下の3つ。

  1. 多数決型民主主義とコンセンサス型民主主義を比べてみた場合、従来言われるコンセンサス型民主主義の欠点というのは実はあまりない。
  2. 「特殊」と言われがりな日本の民主主義だけど、国際比較で見ると大部分の面で平均的。
  3. 「比較」というのはやはり大変。


 まず1について。この本の一番の主張はこれです。
 民主主義には多数派による統治をめざす多数決型民主主義と、統治へのできるだけ広い参加を目指すコンセンサス型民主主義があります。多数決型民主主義の代表は小選挙区制で2大政党が争い勝った政党が単独内閣をつくることが多いイギリス、コンセンサス型民主主義の代表は比例代表制によって多くの政党が議席を持ちそれらの政党が連立して内閣をつくるスイスやベルギーなどになります。
 

 著者のレイプハルトは、民主主義が行われている36カ国をとり上げ、それを「政府・政党次元における5変数」と「連邦制次元の5変数」によって分析し、分類しています。
 これによると政治システムが多数決型でなおかつ中央政府に権力が集中しているのがイギリスやニュージーランドやフランス、多数決型で連邦的(分割権力的)なのがアメリカやカナダやオーストラリア、政治システムがコンセンサス型で中央政府に権力が集中しているのがデンマークスウェーデンやイタリア、コンセンサス型で連邦的(分割権力的)なのがスイス、ドイツ、オランダなどになります。
 ちなみに日本はコンセンサス型で弱いながらも連邦的(分割権力的)になります。


 さらにこの本では、この分類を使って多数決型民主主義よりもコンセンサス型民主主義が優れていることを示します。
 従来、コンセンサス型民主主義は多数決型民主主義に比べて、より幅広い国民の声を集約する働きはあるものの、その分決断力にかけ、有効な政策を実行できないと考えられていました。
 ところが、この本によると、「政府の有効性」、「法の支配」、「汚職の抑制」、「腐敗認識指数」、「失業率(1981−2009年)」などの面でいずれもコンセンサス型民主主義のほうが優れた実績をあげているとの結果が出ています(他にも「消費者物価指数」が上がっているけど、もはや「インフレを抑制=良い統治」とは言えない時代だと思う)。
 この本で取り扱っている指標で多数決型民主主義のほうが優れたパフォーマンスを示しているのは1991−2009年までの一人当たりのGDP成長率くらいです(しかも統計学的に有意と言えない値)。


 もちろん、コンセンサス型民主主義の国の多くはヨーロッパの国で、民主主義の形態よりも「市民社会の成熟度」みたいなものが、これらのパフォーマンスの原因であると考えることもできるでしょう。
 そこで、著者は次のように結論づけています。

 すなわち、良いガバナンスの提供、経済運営、国内平和の維持といった面において、多数決型民主主義がコンセンサス型民主主義よりも明らかに優れている「わけではない」というのがここでの結論である。これは、既存の見解で指摘されている多数決型民主主義における政府の有効性は、(まだ)必ずしも完全に覆されているわけではないことを意味している。要するに、コンセンサス型民主主義のほうが統治のいかなる側面においても実際に優れているということは、まだ完全には証明されていない。しかし、政府の有効性に関して、既存の見解における多数決型民主主義のほうがより良い統治者を生み出すという主張が誤りであることは、本章で疑いの余地なく証明された。(237p)


 さらに「ジニ指数」や政治における男女平等などの面では、コンセンサス型民主主義の優位が著しいことを示し、コンセンサス型民主主義が「より寛容で親切な」民主主義の形態であるとしています。
 これが本書の中心的な主張です。


 次に日本の民主主義について。
 日本については、「日本特殊論」がつねに言われますし、「日本に民主主義は存在しない!」みたいな乱暴な言説もけっこう見受けられます。
 ところが、この本を読むと日本の立ち位置というのは至って「普通」。「日本の首相は弱い」ということはよく言われますが、日本の「執政府優越度」はやや低いくらいですし(103p、オランダやイタリア、スイスなどのほうが弱い)、「明治以来の中央集権」もお決まりのフレーズですが、日本は連邦制ではない国家のなかでは分権が進んでいる方です(152p)。
 日本は民主主義国家のなかでは平均的な国とも言えるのです。著者も、「第2版日本語版への序文」の中で「「私は日本の分析がとくに難しいと感じたことはありませんでした。分析が困難だったのは、実は日本ではなくアメリカです。多国間比較の観点からすると、例外的なのはアメリカの民主主義で、日本ではありません」(viip)と述べています。


 最後に「比較」の難しさについて。
 実はこの本の大部分は、「国同士をどう比較すればいいか?」という方法について延々と書いています。どのような指標を使えば政治制度の違いが表せるのか、どういった指標が適切なのか、平均から外れた値は例外として外すべきのなのか、そんなことが第4章から第13章までずっと続きます。
 ですから、読んでいて興奮するとかそういうことはないです。ただ、こういった地道な「比較」を通して、民主主義にまつわるいろいろな俗説が退けられていく過程は文句なしに面白いですね。


 ちなみに第2版での変更点は、データが最新のものになった点と、比較対象となる36カ国をのいくつかが入れ替わっている点です。特に韓国が新しく入ったのは、日本との比較の対象として興味深いです。


民主主義対民主主義 [原著第2版]: 多数決型とコンセンサス型の36カ国比較研究 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス)
アレンド レイプハルト Arend Lijphart
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