エリザベス・ボウエン『パリの家』

 出会いは、実現しないと、本来の性格を保ち続ける。そして思い描かれたままの形で残る。(92p)

 国書刊行会の「ボウエン・コレクション」でその存在を知ったエリザベス・ボウエンの代表作が新訳で登場。
 訳者は「ボウエン・コレクション」と同じ太田良子。ボウエンの文体というのもあるんでしょうが、訳文はやや硬くて読みにくいです。ですから、作品の世界に入り込むにはやや時間がかかるかもしれませんが、一度ボウエンの「辛辣な世界」に嵌ってしまえば、ボウエンの世界を楽しむことができるのではないでしょうか?


 カバー見返しの消化分は以下の通りです。

 11歳の少女ヘンリエッタは、半日ほどあずけられたパリのフィッシャー家で、私生児の少年レオポルドに出会う。レオポルドはまだ見ぬ実の母親との対面を、ここで心待ちにしていた。家の2階で病に臥している老婦人マダム・フィッシャーは、実娘のナオミとともに、自宅を下宿屋にして、パリに留学にきた少女たちをあずかってきた。レオポルドの母も結婚前にそこを訪れたひとりだった。青年マックスもこのパリの家をよく訪れていた。パリの家には、旅の途中、ひととき立ち寄るだけのはずだった。しかし無垢なヘンリエッタとレオポルドの前に、その歪んだ過去が繙かれ、残酷な現実が立ち現れる…。

 これを読むと、レオポルドの出生の秘密といったものがこの物語の最大のポイントのように読めますし、一応、後世としても「現在」→「過去」→「現在」の3部仕立て構成で、読者は過去編を読むことで、現在の登場人物たちが背負った状況というものを知ることができるようになっています。
 

 ですから、ミステリー仕立てになっているといえばなっています。
 しかし、ボウエンの魅力というのはそういったストーリーの展開よりも、何よりも人間関係に対する辛辣な観察眼です。
 この物語の第1部の主人公ともいうべきなのが11歳の少女ヘンリエッタなのですが、その11歳の少女は、ナオミ(ミス・フィッシャー)やレオポルドに対して鋭い観察というか値踏みをします。
 11歳の少女がここまで辛辣ってことはないだろうと思いもするのですが、対人関係について、特に相手の値踏みについては子供のほうがストレートで辛辣だったりします。もし子どもに十分な表現力があれば、このボウエンのような辛辣な描写をするのかもしれません。


 そして、もうひとつこの小説で印象的なのはヘンリエッタの祖母のミセス・アーバスノット、ナオミの友人であるカレンの母のミセス・マイクリス、「パリの家」の主人であるマダム・フィッシャーといった女性たちの怪物的な力です。
 特にマダム・フィッシャーは、娘やそれに関係する男性たちを支配する「怪物」で、この「パリの家」の支配者です。
 辛辣な言葉は時に暴力よりも破壊力のあるものです。さっきから「辛辣」という言葉を連発していますけど、こうした辛辣な言葉を切り取り、人々の心を辛辣な目で観察してみせる、それこそがボウエンと、この小説『パリの家』の魅力でしょうね。


パリの家
エリザベス・ボウエン 太田 良子
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