田中茉裕/I'm Here

 高校の時につくったミニアルバム「小さなリンジー」で鮮烈なデビューを飾った田中茉裕の1stフルアルバム(と言っていいのかな?8曲+ボーナストラックの構成で値段は1800円+税)。
 アルバムを通して聴いた時になんといっても強烈なのが、ラストのボーナストラックである"ゆるして"のデモバージョン。

何もしたくない 今日はどこにも行きたくない
ああ悔しいよ 恥ずかしいよ

ああしたいなら こうしたいなら くれてやる
ああ醜いよ 恥ずかしいよ

 これはサビの歌詞なのですが、ここの歌い方がエモいとかそういうレベルではなくて、もはやビーストモード的。「くれてやる」の部分も最初は「ぐれてやる!」かと思ったほど。
 とにかくこの歌いっぷりは強烈ですし、ここまで歌い手のエネルギーを感じさせる歌唱も滅多にないと思います。


 アルバムの歌詞カードを見るとこのデモが録音されたのは2012年の7月。「小さなリンジー」の直後で、その後の2013年は体調不良などでほぼ活動を休止していたようです。
 何があったのかはわかりませんが、いろいろなネガティブなものがこの曲にぶちまけられている感じです。


 というわけで、どうしてもラストの"ゆるして"に引っ張られてしまうのですが、それ以外の曲を聴くと、そういったネガティブな急流から抜けだして、緩やかな流れになったような印象を受けます。
 冒頭の"夕日のリリー"と2曲目の"5月の太陽"は、ちょっと矢野顕子を思い起こさせる田中茉裕の浮遊感のようなものがよく出ている曲だと思いますし、7曲目の"嘘ついて"と8曲目の"夕焼け色の風"は特にいいと思います。
 "嘘ついて"は、ささやき声のようでありながらしっかりと通る声での「ねぇ これから二人で 嘘ついて生きようよ/あったかい夕飯少しずつ食べよう」というサビの部分がよいです。
 そして、そこからのアルバムの中で唯一ストリングスやドラムやギターがしっかりと入ってスケール感を感じさせる楽曲になっている"夕焼け色の風"。一気に広い場所に出たようなそんな開放感を感じさせる曲になっています(もっとも、このあとに"ゆるして"のデモがあるわけですが)。
 このあたりはプロデュースをしたムーンライダーズ鈴木慶一の上手さもあるだと思います。


 今回のリリース形式も完全なデビューフルアルバムではなかったように、全体的にまだまだ未完成で不安定なところもありますが、独特の声が創りだす世界は他にはないものですし、この声から発せられるエネルギーというのもなかなかないものだと思います。 




I’m Here
田中茉裕
B00NJ1MNJS