今年はけっこう社会科学の本を集中的に読んだ年でした。その分、小説はやや読めなかった感じ。
というわけで、いつもは小説→小説以外の本と紹介しているのですが、今年は小説以外の本から。最近の本を5冊と、もはや絶版だけどとても面白かった本を2冊。小説は4冊でもいいくらいですけど、毎年5冊は紹介しているので5冊でいきます。
- 小説以外の本
久米郁男『原因を推論する』
今年、社会科学の本ばかりを読んでいたのは授業で必要だったからというのもあるけど、この本のせいでもある。
講談社現代新書の隠れた名著、高根正昭『創造の方法学』をアップデートした本という感じで、因果関係が成り立つといえるための条件を探りながら社会科学の方法論を紹介、検討しています。
また、政治学の入門書、ブックガイドとしての役割も果たしており、この本を読めば政局の解説でもイデオロギーの主張でもない政治学の姿というのがわかるのではないでしょうか。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20140115/p1
大塚啓二郎『なぜ貧しい国はなくならないのか』
なぜ貧しい国はなくならないのか 正しい開発戦略を考える
大塚 啓二郎
シカゴ大学でノーベル経済学賞を受賞した農業経済学者のセオドア・シュルツに学び、その後も開発経済学、農業経済学の分野で活躍している大塚啓二郎による開発経済学の入門書。
サックスとイースタリーの論争や、アビジット・V・バナジー、エスター・デュフロ『貧乏人の経済学』など、開発経済学は経済学のホットなトピックの一つとなっていますが、そうしたある意味で派手な論争や実践に対して、「開発」全体の見取り図を与えようとする本。農業、製造業、そして政府が採るべき政策について幅広く分析してあって非常に勉強になります。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20141209/p1
佐藤滋・古市将人『租税抵抗の財政学』
租税抵抗の財政学――信頼と合意に基づく社会へ (シリーズ 現代経済の展望)
佐藤 滋 古市 将人
先日読み終えたばかりですがこれも面白かった。
日本は世界でも税負担が少ない国であるはずなのに、国民の痛税感、「租税抵抗」は非常に大きい。これはなぜなのか?ということを探った本。
社会保険の「受益者負担」の原則と、社会保障における選別主義が、日本の再分配制度と社会保障制度や税への信頼感を既存しているという主張には説得力があります。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20141225/p1
ブルーノ・ブエノ・デ・メスキータ&アラスター・スミス『独裁者のためのハンドブック』
独裁者のためのハンドブック
ブルース・ブエノ・デ・メスキータ アラスター・スミス 四本健二
タイトルや装丁から「おもしろ独裁者列伝」のようなものを想像するかもしれませんが、実はきちんとした政治学者が、かなりしっかりとした政治理論のもとに「独裁」を分析した本。
独裁者のカリスマ性などに注目するのではなく、その権力基盤のあり方に共通性を見出す理論は面白いですし、その理論の射程はかなり広いです。「独裁と民主主義に境界はない!」というように、独裁だけでなく民主主義を考える上でも重要な知見を数多く含んだ本だと思います。
この本に出てくる「選挙は広範な自由の下で行われるべきであって、選挙が広範な自由を実現してくれるなど思ってはいけない」という言葉は記憶されるべきものでしょう。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20140716/p1
民主化のパラドックス――インドネシアにみるアジア政治の深層
本名 純
今年の大統領選挙でジョコ・ウィドドが、スハルト大統領の娘婿で陸軍戦略予備軍司令官をつとめたプラボウォを破ったことで、改めて民主化の定着ぶりをアピールすることになったインドネシア。外から見るとインドネシアの民主制はしっかりと社会に根づいたように見えます。
しかし、スハルト時代に築かれた集票マシーンや、社会の隅々にまで利権の手を伸ばした国軍の力はまだ健在ですし、「プレマン」と呼ばれる日本のヤクザのような存在が社会や政治において大きな存在感を持っています。
「それにも関わらずインドネシアの政治はなぜ安定している(ように見える)のか?」という問いに対して、著者は「問題が温存されているからこそ安定している」という一見するとパラドキシカルな答えを提示します。
インドネシアに興味がある人にはもちろん、「民主主義」や「民主化」について考えてみたい人にもおすすめです。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20140806/p1
バリントン・ムーアJr『独裁と民主政治の社会的起源』
独裁と民主政治の社会的起源―近代世界形成過程における領主と農民〈1〉 (岩波現代選書)
バリントン,Jr. ムーア 宮崎 隆次
独裁と民主政治の社会的起源―近代世界形成過程における領主と農民〈2〉 (岩波現代選書)
バリントン,Jr. ムーア 宮崎 隆次
名著と名高い本ですが、確かにこれは素晴らしい本。
各国の近代化の過程を追いながら、その違いと帰結を論じるもので、「なぜ、ドイツや日本ではファシズムが生まれたのか?」、「なぜ、ロシアや中国で社会主義革命が起こったのか?」という歴史上の難問に答えるものになっています。
個人的にはこの本を読みながら、アーレントの『全体主義の起源』を思い起こしました。哲学者のアーレントとは明らかにしたいものに違いがありますが、膨大な歴史研究を強靭な思考力で再構成していくやり方には共通のものがあると思います。
「歴史を比較する」というのは、そう簡単なことではありませんし、たんなる印象論や粗雑な文明論に陥りがちです。しかし、この本はその難題に果敢にチャレンジし、そしてそれに完璧とは言わないまでも成功しています。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20141113/p1
補足記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20141124/p1
テツオ・ナジタ『原敬―政治技術の巨匠』
原敬―政治技術の巨匠 (1974年) (読売選書)
テツオ・ナジタ 安田 志郎
1905年から1915年にかけての原敬が政友会を躍進させた10年間を分析した本で、副題が「政治技術の巨匠」となっているように、原がいかなる手練手管をもって政友会という組織を成長させたか、そして政党嫌いの山県有朋にその政友会と原という政治家の存在を認めさせることができたのか、といった部分に焦点を当てています。1974年出版の古い本ながら非常に面白く、この本で描かれる「理念」ではなく「組織」を重視した政治家としての原敬の姿は今なお新鮮です。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20140405/p1
バリントン・ムーアJr『独裁と民主政治の社会的起源』とテツオ・ナジタ『原敬―政治技術の巨匠』はどこかで復刊しないですかね?
他にも、松沢裕作『町村合併から生まれた日本近代』あたりも面白かったですし、ロナルド・H・コース『企業・市場・法』やアレンド・レイプハルト『民主主義対民主主義 原著第2版』といった古典も読むことができ、時間とお金の成約があった割には良い読書ができたかなと。
- 小説
ホセ・ドノソ『別荘』
別荘 (ロス・クラシコス)
ホセ ドノソ Jos´e Donoso
今年の小説No.1。『夜のみだらな鳥』と並ぶチリの作家、ホセ・ドノソの傑作がついに邦訳で登場。
やはり「すごい!」としか言いようのない小説で、これを読むとソローキンでさえもまだまだスケールが小さいと思えるほど。イカれた話をイカれたテンションで書く作家、イカれたふりをするのがうまい作家というのは結構いると思うのですが、ドノソのようにイカれた話を余裕たっぷり貫禄たっぷりに書く作家というのはいないですね。
で、そのイカれ方がその時代特有のファッション的なものではなく、もはや古典とも言っていいほどのスタイルを獲得しているのもすごい。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20140913/p1
プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが・・・
フィリップ・ロス 柴田 元幸
1940年のアメリカ大統領選挙でもしも反ユダヤ主義者のリンドバーグが大統領になっていたら…、という歴史改変小説なのですが、これが実に良く出来ている。
チャールズ・リンドバーグは、ご存知、1927年に大西洋単独無着陸飛行を成功させた人物で、その偉業は映画『翼よ!あれが巴里の灯だ』にも描かれました。しかし、リンドバーグがナチス・ドイツから鷲功労十字章をもらい、反ユダヤ主義の考えを持ち、アメリカの第2次世界大戦参戦に反対したという事実については知らない人が多いかもしれません。しかも、1940年の大統領選においても実際に一部の共和党の政治家がリンドバーグを大統領候補に担ごうとする動きがあったのです。
そんな改変された歴史の中で、徐々に差別や同化の圧力を受けるようになったユダヤ人一家の姿を描きだした小説です。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20141120/p1
アレクサンダル・ヘモン『愛と障害』
愛と障害 (エクス・リブリス)
アレクサンダル・ヘモン 岩本 正恵
著者はボスニアのサラエヴォ出身で現在はアメリカにおいて英語で執筆活動を行っている作家。ボスニアといえばボスニア紛争が思い出されますが、ヘモンがシカゴ滞在中にボスニア紛争が勃発し、彼はそのままアメリカに留まりました。つまり、彼はボスニア紛争を直接経験しているわけではありません。
前半は「肝心なときに居合わせなかった」という「苛立ち」のようなものが全面に出ていてそれほど好きにはなれなかったのですが、「肝心なときに居合わせなかった」にも関わらず小説を書く理由、その立ち位置というものを書こうとした「苦しみの高貴な真実」は素晴らしい短編です。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20140214/p1
ジョン・クロウリー『古代の遺物』
『エンジン・サマー』や『リトル・ビッグ』などの長編で知られるジョン・クロウリーの短篇集。『エンジン・サマー』は読んで、けっこう面白かった記憶があるのですが、同時にその謎を散りばめた書き方がやや読みづらくも感じました。
その点、この短編集は読みやすいです。そして、<未来の文学>シリーズの1冊というだけあってさすがのレベルの高さ。今のライフログに通じるアイディアを展開している「雪」は文句なしの傑作だと思います。
とり上げた記事→http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20140612/p1
ジーン・ウルフ『ピース』
抜群に面白く感じた部分もあったけど、この小説の面白さの半分もわからなかったんじゃないかというのが正直な感想。
数々の謎が登場する小説で、「謎に答えはない」と言いたくもなるのですが、おそらくウルフの小説なので答えはあるのでしょうね…。時間ができたらもう一度チャレンジしてみたいです。