坂本一登・五百旗頭薫編『日本政治史の新地平』

 御厨貴門下(というと大げさなのかな?)の人々が集まってつくられた政治史の論文集。
 以下の目次を見ればわかるように、取り扱う時代とテーマはかなり幅広いです。

政治史の復権をめざして――はじめに(坂本一登)


【第I部】立憲政の潮流
第1章 明治初年の立憲政をめぐって――木戸孝允を中心に(坂本一登)
第2章 福地源一郎研究序説――東京日日新聞の社説より(五百旗頭薫)
第3章 征韓・問罪・公論――江華島事件後の対朝鮮政策をめぐるジャーナリズム論争(塩出浩之)
第4章 明治期の内大臣(西川誠)
第5章 清末の中央官制改革――戊戌から丙午まで (浅沼かおり)


【第II部 政党政治の展開】
第6章 大正政変と桂新党――「立憲統一党」構想の視点から(千葉功)
第7章 立憲政友会の分裂と政党支持構造の変化――一党優位制の崩壊と二大政党制の端緒(清水唯一朗)
第8章 一九二〇年代の政治改革、その逆コースと市川房枝――政党内閣制黄昏期の内閣と議会と社会 (村井良太)


【第III部 戦後体制の模索】
第9章 戦後保守勢力の相互認識と政界再編構想の展開 一九四五―四九年――政党機関誌・機関紙の分析を中心に(武田知己)
第10章 戦後政治と保守合同の相克――吉田ワンマンから自民党政権へ(村井哲也)
第11章 自治省創設への政治過程 (黒澤良)
第12章 日米安保条約改定交渉と沖縄――条約地域をめぐる政党と官僚(河野康子)


【第IV部 地方の諸相】
第13章 戦間期の水道問題(松本洋幸)
第14章 国民健康保険直営診療施設の普及――行政施策の展開を中心に(中静未知)
第15章 「交通戦争」の政治社会史(土田宏成)
第16章 現在の中央・地方関係への一考察――沖縄における「自立論」を中心に(佐道明広)
新地平に映るもの――おわりに(五百旗頭薫)


 目次の中には、『近代日本の官僚』の清水唯一朗や『桂太郎』千葉功『内務省の政治史』の黒澤良といった人の名前があり、上記の本がいずれも面白かったのでこの論文集も買ってみましたが、他にも後半を中心にいくつか面白い論文がありました。
 以下、この本で面白かった論文を簡単に紹介していきます。

  • 清水唯一朗「立憲政友会の分裂と政党支持構造の変化」

 戦前の日本政治では、立憲政友会と憲政会(のちに民政党)という二大政党制が成立していました。一般的に中(大)選挙区制では多党制、小選挙区制では二大政党制になると言われていますが、実は戦前の日本では1925年の男子普通選挙制度の導入とともにそれまでの小選挙区制が廃止され中選挙区制になったにも関わらず、二大政党制へと動いています。
 この理由は何なのか?これを解き明かそうとしたのがこの論文です。


 第二次護憲運動のさなか、政友会では床次竹二郎を中心とするグループが脱退し清浦奎吾内閣を支える政友本党を結成します。これによって小選挙区制のもとで政友本党、政友会、憲政会、革新倶楽部の4党が争うことになりました。
 選挙ではご存知のように護憲三派が圧勝するのですが、実質的には憲政会の一人勝ち。しかし、その憲政会の議席占有率も33%程度でした。
 一方、分裂した政友会は、その分裂が地域における今までの政友会内の対立を顕在化させ、その支持基盤を大きく流動化させることになりました。この地盤の流動化と、政権獲得を目指す第一党志向が、革新倶楽部の政友会への合流、政友本党の憲政会への合流と民政党の結成をうながし、政友会と民政党の二大政党制を成立させるのです。
 そして、著者はこの論文の終わりの部分で次のように述べています。

 しかし、いうまでもなく戦前の制度は議院内閣制を理想としつつも、現実に存在するのはその擬制でしかなかった。選挙による政権交代がこの第15回総選挙のわずか一回だけであることは、その可能性と限界をよく表している。それ以外は何らかの事情で前政権が倒れ、元老の推薦で新政権が誕生すると、新政権が解散総選挙を行って与党勢力を過半数に導くという循環が常態となる。このため、政党政治期における野党は、与党の失点をできるだけ多く上げて政権を傷つけ、その存続を不可能にすることに注力し、明治以来の健全な野党の伝統は影を潜めた。政党が権力闘争に終始し、議会政治が低迷したことは、政党政治に対する国民の信頼を失わせるに十分であった。むしろ多党制のほうが政党政治は有効に機能したのではないだろうか。(267ー268p)

 

  • 黒澤良「自治省創設への政治過程」

 収録順的には先に「第10章 戦後政治と保守合同の相克」を紹介すべきなのですが、話的には第11章のこちらを先に紹介したほうがわかりやすいでしょう。
 戦後、占領軍によって日本の内政を中心的に取り仕切ってきた内務省は解体されます。内務省はかつて地方行政に加えて、警察、土木、保健衛生、社会・労働行政など「内政における総務省」といった存在でしたが、その存在こそがGHQにとっては日本の民主制の阻害要因と考えられたのです。
 GHQは当初、地方分権が進めば内務省の行っていた地方行政の仕事は必要がなくなると考えていましたが、実際、そうはならず、1960年に地方行政を所管する自治省が誕生します。
 なぜ、自治省が生まれ、なぜこの形になったのか。それを読みとくがこの論文になります。


 ポイントになるのは予算です。1949年のドッジライン以降、予算に対する締め付けは厳しくなり、地方配布税も削減されます。地方団体はこれに抗議しますが、当時、年次地方予算の作成を担っていた地方財政委員会の力は弱く、地方予算の決定は常に大蔵省のペースで押し切られる結果に終わりました(401ー402p)。
 つまり、組織の弱さがそのまま予算の弱さにつながっていたのです。ここに閣議にも出席できる大臣をいただく省の設置が求められることになります。
 ただ、やはり警察も所管した「内務省」への警戒感は強く、第三次鳩山内閣において建設省自治庁を統合する「内政省」を設置する動きが出るものの、「逆コース」への懸念から、結局は地方自治に特化した自治省の創設に落ち着くのです。
 また、この論文では、内政省を推進しようとした河野一郎の背景に、「反吉田」、特に池田勇人と大蔵省にダメージを与えようという意図があったことを指摘しています(416p)。

 副題は「吉田ワンマンから自民党政権へ」。吉田茂のワンマン政治がいかに崩れ、いかに自民党的な政治スタイルが出来上がっていったのかということを追った論文です。
 戦後の復興期の政治を担った吉田は、自らの与党である自由党の声をあまり聞かず、自らが抜擢した官僚出身の政治家などを重用しワンマン政治を進めました。経済面でも経済安定本部などを利用しつつ、あくまでもトップダウンで政策を進めようとします。ところが、1949年に経済安定本部で計画された国土開発計画は、「建設行政の一元化」を訴える建設省と、田中角栄らの衆議院建設委員会の挑戦を受けることになります。「それまで抑制されていた地方利益は、「国土計画」でなく戦後民主化を装った「国土開発」として噴出した」(359p)のです。
 「各省庁は、常任委員会を拠点に与党との提携を深め」(361p)、吉田のワンマン体制は動揺します。吉田の頼みはドッジラインでしたが、1952年4月の占領の集結とともにドッジラインの神通力も失われ、与党議員はますます地方利益を求めるようになります。
 結局、吉田は1954年度の「1兆円予算」を花道に辞職。ワンマンによる意思決定システムは崩壊し、自民党的な意思決定システムが生まれていくことになります。
 

 1960年の日米安保改定において、問題となったのが条約適用地域についての問題でした。当初、適用地域には沖縄と小笠原が入っていましたが、交渉過程の中で沖縄と小笠原は外され、「日本の施政の下にある領域」となりました。交渉の過程を追いながら、なぜ沖縄と小笠原が外されたのかということを明らかにしようとした論文。
 当時、沖縄はアメリカの施政下にあり、沖縄の防衛に日本が加わることは自衛隊の「海外派兵」になる、さらに日、米、韓、台湾を条約地域とする北東アジア条約機構(NEATO)の形成につながるのではないか?との批判が野党から上がります。これに対して、岸首相は沖縄を含むことができれば、アメリカの「施政権というものがそれだけへこむ」という表現を持ちだしました(459p)。
 しかし、これに反応したのがアメリカです。沖縄の将来についてフリーハンドを持ちたかったアメリカは、日本が沖縄に対する「潜在主権」を強調することを嫌い、条約適用地域から沖縄と小笠原を外す方向に動き出します。そして、沖縄と小笠原は適用地域から外れることになるのです。

 第一次世界大戦から第二次世界大戦までの戦間期に日本では都市化が進み、水道も普及していきます。ただ、市町村主体で整備されていた日本の水道事業には長期計画は存在せず、市町村や民間の水道会社が入り乱れる形で水道の整備が行われました。
 そうした水道事業の行方は、地方自治体の再編にも大きな影響をあたえることになります。1920年代から30年代にかけて神奈川県では横浜市川崎市がその市域を拡大させていくのですが、その拡張の道具となったのが水道でした。市の外への給水だと割増料金になるため、周辺の町村に市の水道を使わせることが合併の武器となったのです。
 特に川崎市は水源確保の問題もあって多摩川沿いに市域を拡張しており、それが現在の川崎市の細長い形につながっています(ちなみに、いま川崎市になっている中原町は自前の水道事業に失敗して(想定より需要が伸びなかった)、川崎市編入されている)。
 政治が公共サービスを生み出し、またその公共サービスが政治の枠組みを変えていくという現象を掘り起こしてくれた面白い論文になります。


 
 以上、いくつかの論文を紹介してみました。
 この他、中静未知「国民健康保険直営診療施設の普及」もなかなか面白かったですし、読み応えのある論文集になっていると思います。
 600ページ超、値段も6000円+税ということで、気軽に読める本ではないかもしれませんが、図書館などで気になった章だけ読んでみても、いろいろな発見があるのではないでしょうか?


日本政治史の新地平
坂本一登 五百旗頭薫
4905497108