砂原庸介『民主主義の条件』

 「民主主義」でも、「議会政治」でも、あるいは「政治」そのものについても、すぐにその「限界」が語られ、テクノロジーや過去のラディカルな思想家からその「限界」を乗り越える方法が模索される、よくある「政治」の語られかたです。
 それに対し、「いや、今の制度の中でも直せるところはたくさんありますよ」との、地味ながらもまっとうな主張をしているのがこの本。同時にこの本は政治学の良い入門書にもなっていると思います。


 政治学の入門書というと、どうしても「デモクラシーとは?」、「権力とは?」みたいな問いを真っ向からとり上げるようなものが多く、そう簡単に答えが出せない難問をとりあげているがゆえにそこで足踏みしてしまっている印象を受けます。一方、経済学だと「お金とは何か?」みたいな難問はとりあえずスルーして、その有用性をアピールすることに成功しているものが多いです。
 もちろん、基礎的な概念について考えることは重要ですが、正しい基礎づけがなされていなくても、現実に政治や選挙は行われています。つまり制度は動いているわけです。
 この本は、今まさに稼働している日本の選挙制度を丁寧に検証しながらその問題点を指摘し、同時に制度の成り立ちとその作動の結果を分析する政治学の面白さを見せてくれる内容になっています。


 目次は以下の通り。

序章
第1部 選挙制度
第1章 ダメ・ゼッタイ―罪深き中選挙区制
第2章 あちらを立てればこちらが立たず―多数制と比例制
第3章 混ぜるなキケン!?―混合制
第2部 政党組織
第4章 ヒーローなんていらない―政党組織
第5章 先立つものはカネ―政治資金と政党規制
第6章 ケンカをやめて―政党内デモクラシー
第3部 権力分立
第7章 つかず離れず―二院制の役割
第8章 てんでバラバラ―多様な地方政治
第9章 時は来た、それだけだ―選挙のタイミング
第4部 選挙管理
第10章 審判との戦い?―選挙管理機関
第11章 看板に偽りあり―一票の格差と定数不均衡
第12章 伝わらなければ意味がない―投票環境の整備
選挙制度改革


 この本の序章には「本書のポイントは、「私たちが意思決定を行うとき、どのようにして多数派を作るか」を考えることにあります」(13p)と書かれています。
 「いやいや、少数意見を尊重する事こそが政治の役割である」とか、もっと「崇高なこと」を言いたい人もいるでしょうが、民主主義の決定が基本的に多数決で行われている以上、この「多数派の形成」というのは民主主義における決定的なポイントです。
 

 しかし、翻って自分の投票行動を考えてみると、この「多数派の形成」を意識しないで投票していることも多いのではないでしょうか?
 例えば、市議会議員の選挙などで、「候補者を特によく知らないので既存の政党と無縁そうな一番若い候補者に入れる」、といった行動をする人はけっこういると思います。もちろん、この投票行動が議会に刺激を与え議会の雰囲気を変えるかもしれませんが、この「既存の政党と無塩の若い候補者」が政策決定に大きな影響力を持つことは考えにくいです。なぜなら、たとえトップ当選したとしても彼は大勢の議員の中の一人だからです。
 議会において主導権を握るのは多数派であり、政策決定に影響力を持つのはその多数派のメンバーになります。


 ただ、この本は「選挙に参加するものは常に多数派の形成を意識して行動すべきだ」と人々を啓蒙する方向にはいきません。人々が「多数派の形成」を意識できないのは、個人の心がけの問題ではなく、現在の日本の政治制度の欠陥ゆえであるというのがこの本の主張です。
 先ほど例にあげた市議会議員選挙でいうと、市議会議員選挙は大選挙区制で行われ、有権者は何十人もいる候補者の中から一人を選んで投票することになります。しかも市議会議員の候補者の多くが無所属だったりします。
 これでは誰に入れれば「多数派の形成」につながのかはわからないですよね。この本でとり上げられている世田谷区の例(33p)ですと定数が50で候補者は2011年の選挙においては82人。正直、「若い」とか「会ったことがある」とかそういう印象でしか決められないと思います。
 つまり、制度が良くないからこそ、「多数派の形成」も意識できないですし、投票で何かが変わるということも実感しにくいわけです。
 

 この本ではこの地方議会の選挙制度の問題以外にも、選挙区で小選挙区中選挙区が混在する参議院の問題、資金面の規制以外に法律で政党をきちんと位置づけていない問題、小政党にも配慮した衆議院小選挙区比例代表並立制の比例部分が多数派を選ぶべき選挙を歪めているかもしれない問題、選挙管理の問題など、さまざまな問題をとり上げています。
 また、最後の「選挙制度改革」の部分で、具体的に地方議会と参議院選挙制度改革(地方議会は非拘束名簿式比例代表制の採用)、政党法の制定、選挙管理期間の独立性の保障といった、非常に具体的な提言を行っているのもこの本の特徴です。
 この本を読めば、民主主義に「絶望」する前に、まだいろいろとやるべきことがあることがわかるのではないでしょうか?
 

 もちろん、この本で提言されている改革が行われたからといって日本の政治が一変するわけではないでしょう。もっとドラスティックな改革を構想することも可能です。
 しかし、現実の問題に現実的な処方箋を書くのは社会科学の大きな役割の一つであり、この本はその役割を果たそうとして書かれています。その意味でも、この本は政治学の入門書としても良い本だと思います。


民主主義の条件
砂原 庸介
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