ミルチャ・カルタレスク『ぼくらが女性を愛する理由』

 松籟社「東欧の想像力」シリーズの最新刊は、1956年生まれのルーマニアの作家の短篇集。ただ、短篇とはいえないような掌編、断片的な作品も混じっており、エッセイ的な面もあります。
 カルタレスクは、チャウシェスク時代に青春時代を過ごし、チャウシェスク政権の崩壊後に作家活動を開始した人物で、いわゆる「ポストモダニズム」的な志向がこの作品からも感じられます。

 
 ただ、「ポストモダニズム」的な視点から、「他者」としての女性を描くというやり方は、往々にして陳腐になりがちで、ハンガリーの作家・エステルハージ・ペーテル『女がいる』は、「東欧の想像力」シリーズに入っている『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし』の著者とは思えないほど凡庸な作品でした。


 一方、この『ぼくらが女性を愛する理由』は必要以上に女性に「他者性」を押し付けたりはしておらず、もっと自然な形で読める作品です。
 ちょっとオタクっぽくて情けない自分の過去を振り返り、その女性との関わりや女性観をユーモアを交えて書き連ねています。
 「若い頃ぼくは引用してしゃべるばかげた癖があって」と始める冒頭の「黒い少女」、「当時、構造主義はどこから見てもひとつの宗教だった」(154p)だった時代に現れた「天才」シンク教授との日々を描いた「偉大なるシンク教授」などは作者のユーモアがよく活きていると思います。


 そんなユーモアが効いた作品の中で、異彩を放つのがチャウシェスク時代の出来事を描いた「ブラショフのナボコフ」。とにかく女性との関係を持ちたかった主人公が、大学時代に付き合ったイリナ。そして主人公は彼女から「秘密警察に入れと言われたの」と告白を受けます。
 「ポストモダニズム」的な軽やかさではどうにもかわしきれない記憶を描いたこの作品は、まさに「東欧的」でもあり、個人的には一番印象に残りました。


 180ページ弱の薄い本ですし、「東欧の想像力」シリーズの中では「軽い」作品ですが、随所に読みどころのある本になっていると思います。


ぼくらが女性を愛する理由 (東欧の想像力)
ミルチャ カルタレスク Mircea C〓rt〓rescu
4879843334