ケン・リュウ『紙の動物園』

 表題作「紙の動物園」で、ヒューゴー賞ネビュラ賞世界幻想文学大賞の短編部門の三冠を成し遂げるなど、注目を集める新進のSF作家ケン・リュウの日本オリジナル第一短篇集。
 作者のケン・リュウは1976年に中国に生まれ、11歳の時の渡米して、それ以来アメリカで生活。ハーヴァード大を出てマイクロソフトで働いたり弁護士になったりと相当なエリートなわけですが、作家としてもそうとうな処理能力があるらしく、ハイペースにハイクオリティな作品を次々と送り出しています。


 近年の中国系のSF系作家といえば、なんといってもテッド・チャンなわけですが、ケン・リュウ自身もテッド・チャンを意識している面もあるらしく、謝辞などでテッド・チャンに言及している作品もあります。
 作品としてはテッド・チャンのほうがより深く、より斬新な感じはありますが、ケン・リュウにあるのはアイディアと見せ方の豊富さ。イーガン的な「テクノロジーと心」の問題から、「良い狩りを」に見られるバチガルピ的なスチームパンクっぽい作品まで、いろいろな世界を見せてくれます。


 冒頭の「紙の動物園」と次の「もののあはれ」が、東洋的価値観を織り込んだ「泣き」の作品なので、そういったテイストの作品が基本なのかとも思ったのですが、それだけではありません。
 「結縄」では、ミャンマーに住む文字を持たずに縄の結び目で様々な知識を伝える民族の知恵と、タンパク質の鎖の構造を結びつけてストーリーを展開させるなど、そのアイディアは光っていますし、「もしも日米が戦争をせずにニューディール政策の延長として太平洋横断トンネルという一大プロジェクトに取り組んだら?」という歴史改変SF「太平横断海底トンネル小史」の着想も面白いと思います。
 また、「どこかまったく別の場所でトナカイの大群が」、「円弧」、「波」といった作品は、テクノロジーによって変化する人間の肉体や心を扱った作品で、イーガンの感覚と近いものがあります。特に「円弧」は人間の生と死をあつかったうまい作品だと思います。


 そんな中で個人的に一番印象に残ったのが「文字占い師」。
 1960年代の戒厳令下の台湾を舞台に、アメリカからやって来た少女が、漢字の成り立ちから他人の運命を占う文字占いをする老人と出会い、その文字占いの不思議な世界に引きこまれます。ところが、中国本土から逃れてきたという老人の身の上話と、少女の父親が携わる任務がつながることで物語は悲劇的な展開をします。台湾の二・二八事件なども背景になっており、収録作品中、最も「重い」作品になっています。
 また、「月」は軽めの作品ながら、現在の中国や米中関係を批評的に描いた作品であり、こうした中国や台湾、さらには日本にたいする批評的な眼差しは、ケン・リュウの面白さの一つだと思います。
 

 この短篇集は、もちろんバラエティに富んだSF作品としても楽しめますが、「現代中国文学」としても楽しめる一面があり、それがたんなる巧さだけではないプラスアルファを与えていると思います。


紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ケン・リュウ 古沢嘉通
4153350206