保城広至『歴史から理論を創造する方法』

 自分は大学の史学科(日本史学専攻)出身で、歴史好きで歴史を勉強したいと思って大学に入った者なのですが、大学での歴史の勉強は、いくつか面白い授業はあったものの全体的には物足りず、政治学とか社会学とか経済学とか哲学などに興味関心が移って今に至っています。
 歴史自体は好きなのですが、けっこう無邪気に現代の価値観を持ち込んで歴史の中に可能性を見出すような研究が好きになれず(過去の中から「民主的」な事例を探しだして評価するようなスタイル)、歴史学者の書いたものはあまり熱心に読まずにいたような気がします。
 思えば、それは自分が大学にいた頃の歴史学(の本)が、マルクス主義とかを引きずっていたからで、近年、いろいろと面白い研究が出てきていることは感じています(ただ、たんなる「通説のひっくり返し」みたいな本もあるな、と感じる)。
 それでも、近現代史では、生粋の歴史学者が書いたものよりも政治学の人が書いた本のほうが面白く感じられるのも事実で、歴史をどのように記述して、どのように考えるかということはずっと気になっていたことでした。


 という理由から、タイトルに惹かれて手にとったのがこの本。タイトルが「歴史から理論を創造する方法」で、サブタイトルも「社会科学と歴史学を統合する」という、いきなり大胆な宣言をしている本なのですが、個人的には非常に興味を引くタイトルでした。


 目次は以下の通り。

序章 歴史と理論:古くて新しい緊張関係
第1章 中範囲の理論:イシュー・時間・空間の限定
第2章 「説明」とは何か?
第3章 帰納/演繹、アブダクション
第4章 構造的問いと事例全枚挙
第5章 過程構築から理論化へ
終章 さらなる議論を!


 目次を見ると、基本的には社会科学の方法論の入門書といった体裁で、去年紹介した久米郁夫『原因を推論する』に近い感じがしますが、やはり歴史を題材にすることにこだわっている所がこの本の特徴です。


 まず、序章ではこの本が問題にしようとしていることが説明されています。
 バリント・ムーアの『独裁と民主政治の社会的起源』ラムザイヤー、ローゼンブルースの『日本政治と合理的選択』は、ともに政治学の本として評価の高いもので、特にムーアの『独裁と民主政治の社会的起源』に関しては「古典」といってもいい存在だと思うのですが、これらの本は政治学者などから高い評価を得る一方で、歴史学者からは批判を受けました。
 その批判は、「彼らは都合のいい資料(主に二次資料)を使って理論を組み立てており、一次資料に当たってない、あるいは歴史学の研究の見落としがある」というようなものです。


 著者はこの中でも「都合のいい資料を使って理論を組みたたている」という批判を重要視し、これを「プロクルーステースの寝台」問題と名づけています。
 「プロクルーステース」とはギリシャ神話に出てくる強盗の名前で、彼は捕まえた人間を寝台に合わせて切ったり引き伸ばしたりしたことから、著者は歴史から都合の良いデータやエピソードを持ってくる研究の問題をこのように呼んでいます。


 この「プロクルーステースの寝台」問題をいかに回避し、いかに隙のない理論を生み出していくかということがこの本のメインテーマになります。
 その隙を封じるために、著者はイシュー・時間・空間を限定する「中範囲の理論」、ある一定期間内に起きた事例をすべて取り上げる「事例全枚挙」といった方法を提案します。
 これらの研究方法はたしかに手堅いもので、特にある程度までの若手の研究者にとっては自分の理論を守り育てていくためにも必要なものなのでしょう。
 ただ、序章にあげられていたバリント・ムーア『独裁と民主政治の社会的起源』も、ラムザイヤー、ローゼンブルース『日本政治と合理的選択』も相当広い対象とイシューを扱った本で「中範囲の理論」からは完全にはみ出しています。この本で推奨されている方法論では、『独裁と民主政治の社会的起源』や『日本政治と合理的選択』をしっかりと擁護することは難しいし、また『独裁と民主政治の社会的起源』や『日本政治と合理的選択』のような研究を生み出すことも難しいのではないかと思いました(もちろん、どのような方法論をとっても両者のような研究を生み出すことは難しいのではないかとは思いますが)。


 けれども、第2章の「「説明」とは何か?」で展開されている三つの説明(因果関係の解明としての「説明」、統合としての「説明」、「記述としての「説明」)の解説は面白かったですし、第3章で紹介されている単純な帰納でも演繹でもない、アブダクションと呼ばれる推論方法の説明の部分などは非常に興味深く読めました。
 アブダクションとは、本書の88pによれば次のようなものになります。

(1) われわれの信念や習慣から逸れるような、変則的な事実が観察される。
(2) しかし仮にある「仮説」が正しければ、その事実が生じるのは当然のことだろう。
(3) したがって、その「仮説」が真であると考えるべき理由がある。 

 これは確かに歴史を分析していく上で、有効な方法に思えます。
 

 他にも、用語や研究法などについての「ショート解説」が充実していますし、さまざまな研究が俎上に上げられているので、そのあたりも面白く読めます。
 自分の持っていた疑問に完全に答えてくれた本ではないですが、いろいろと勉強になった本でした。


歴史から理論を創造する方法: 社会科学と歴史学を統合する
保城 広至
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