<エクス・リブリス>シリーズの新刊は1971年生まれの台湾の作家・呉明益の短篇集。
扉のページにガルシア=マルケスの引用があり、文体は少し村上春樹的。「ギラギラと太陽が照りつける道にゾウがいた」という作品では、実際、村上春樹の名前が出てきますし、いかにも今の文学の「流れ」にいる作家なのかなと思いながら読み始めました。
ガルシア=マルケス的なマジック・リアリズムを現代の台湾でやるのは難しいと思うのですが、少し昔、子ども時代となるとそれは可能かもしれません、先日読んだケン・リュウの『紙の動物園』の「文字占い師」などでも、まだ戒厳令下の台湾を舞台に、子どもの思い出がマジック・リアリズム的な形で語られていましたし、そこにはまだ「魔術」が成立する余地があります。
この短篇集は、ほぼすべての作品が台北の中華商場を舞台にしており、語り手の子ども時代にそこにいた「歩道橋の魔術師」と呼ばれるマジシャンが登場する連作短編的なつくりになっています。現在、姿を消してしまった中華商場は、「猥雑」という言葉がぴったりな場所で、その猥雑さと貧しい人々のエネルギーが「魔術」を成立させるにはもってこいです。
というわけで、「うまい場所を見つけたなー」と思いながら読んでいたわけですが、この『歩道橋の魔術師』の魅力は、ガルシア=マルケス+村上春樹みたいなものには留まらないですね。
小学校の大人びた同級生テレサとの関係や秘密を描いた「金魚」、死んだ鳥を生き返らせようとする「鳥を飼う」といった話になると、もっと別なミルハウザー的なものを感じるようになります。
そして、超リアルな中華商場のミニチュアをつくった男を描いた「光は流れる水のように」は、まさに「ミルハウザー!」。
村上春樹的な装いの影に隠れていたこの作家の本質が見えてくる後半はほんとうに素晴らしいと思います。
ぜひこの作家の長編も読んでみたいですね。
歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)
呉明益 天野 健太郎