タイトルだけを聞くと、何かノンフィクションか学術書のように感じますが、これが『野生の探偵たち』や『2666』などのボラーニョのはじめて刊行された小説。
ただ、これは普通の小説ではありません。架空の「アメリカ大陸のナチ文学」者の人物事典となっているのです。
ヒトラーと出会って子どもたちと写真をとったアルゼンチンの女流詩人・エデルミラ・トンプソン・デ・メンディルセからはじまって、ナチへの親和性を持つ文学者、ファシスト的な文学者が紹介されていきます。例えば、壮大な〈第四帝国のサガ〉シリーズで成功を収めるアメリカのSF作家、ボカ・ジュニアーズのフーリガン集団を率いるアルゼンチンの詩人兄弟などです。
事典の形式をとっているので、それぞれの人物の人生が基本的に淡々と説明されていきます。人物によっては2、3ページほどの説明があるだけです。
ただ、何人かの人物に関しては短編小説のような巧さでその人生を描いています。人生とたんたんと描くことに関してはボラーニョの邦訳された最初の作品でもある『通話』を読んだ時にも感じたのですが、この『アメリカ大陸のナチ文学』にも生きています。
また、姿を消した詩人について語る部分に関しては『野生の探偵たち』を思い起こさせます。
それにしても、なぜ「アメリカ大陸のナチ文学」というコンセプトなのか?
実は、ラテンアメリカとナチの関係というものには深いものがあって、アイヒマンが潜伏していたのもアルゼンチンでしたし、アルゼンチンの暗黒小説でもあるカルロス・バルマセーダ『ブエノスアイレス食堂』では、ドイツの敗戦と共に軍資金を持ってアルゼンチンに現れたUボートのエピソードが描かれていました(実際にアルゼンチンに逃げたUボートもあった)。
第2次世界大戦におけるヨーロッパの戦いに参戦したラテンアメリカの国はありませんでしたが(日本が参戦すると連合国側に立って参戦するラテンアメリカの国が出てきた)、ラテンアメリカ諸国の宗主国であったスペインはフランコによる独裁が長く続きましたし、アルゼンチンのペロンは旧ドイツの軍人などを匿いました。また、ボラーニョの故国であるチリではピノチェトという右翼的な独裁者が現れています。
つまり、アメリカ大陸にはナチやファシズムといったものとの親和性があるというのがボラーニョの見立てなのでしょう(この事典の中には、合衆国の文学者も含まれており、必ずしもラテンアメリカに限られていなし)。
そして、この本の最後のエピソード「忌まわしきラミレス=ホフマン」では、今までの事典形式から打って変わって、ボラーニョ本人が登場する「小説」的な構成になります。
詩人でありパイロットであり、そしておそらく猟奇的な殺人者であるラミレス=ホフマン。彼の謎を追って展開されるこのエピソードは『2666』を思わせるもので、「悪」や「暴力」そのものを描こうとする著者の姿勢が現れたものになっています。
『2666』のテーマは早くもこの『アメリカ大陸のナチ文学』で登場しているのです。
そういった意味でも『2666』を読んだ人はもちろん楽しめると思いますし、また、大作『2666』を読む前にそのテーマをつかむために読んでもいいと思います。ボラーニョの才能を感じさせる作品です。
アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)
ロベルト・ボラーニョ 野谷 文昭