甘耀明『神秘列車』

 <エクス・リブリス>シリーズの最新刊は前回の呉明益『歩道橋の魔術師』に引き続き台湾の作家の短篇集。
 呉明益と同じ70年代前半生まれの作家で(呉明益は71年、この甘耀明(カンヤオミン)は72年生まれ)、同世代の作家と言っていいでしょう。
 ただ、同じ台湾の同世代の作家といっても受ける印象はずいぶん違います。呉明益は村上春樹的な都市小説の装いと、80年代の台湾のノスタルジックな雰囲気、そしてミルハウザーなどにも通じるマジックリアリズムなどが入り混じった、今っぽい小説でしたが、この甘耀明はもっと台湾の「土俗的」な部分を描こうとしています。


 この「土俗的」という言葉は、もっとスマートに「多民族性」とか「多言語性」と言ったほうがいいかもしれません。
 台湾は長年、中華民国として自分たちこそが「正統な中国」であると主張し、台湾に住んでいるのは中国人であるというイメージをつくりあげてきましたが、例えば、映画の『KANO』を見た人ならば、台湾にはアミ族などの原住民がいたということを知っていると思いますし、また、「中国人」といっても蒋介石とともに台湾にやってきた北京語を話す「外省人」と、戦前から台湾に住んでいて「本省人」の違いを知っている人も多いでしょう。さらに台湾には客家語を話す客家人もいます。
 つまり、「中国人」といっても台湾には3つの言葉を話す人々がいたわけです(戦前から台湾にいた人は主に閩南語(台湾語)を話していた)。


 最近の若い人の間ではこうした「多言語性」は失われつつあるようですが、この台湾の「多言語性」をうまく使いながら、一見のどかに見えるエピソードの中に、今まで積み重ねられてきた台湾の歴史を描き出そうとするのが、この甘耀明です。
 表題作の「神秘列車」では鉄オタの少年の話から、ラストでは戒厳令下の台湾の状況を鮮烈に描き出していますし、「伯公、妾を娶る」では、神様が廟から抜けだすのを防ぐために大陸から妾を娶ろうという突飛な話と、現代の台湾と中国大陸の関係が描き出されています。
 

 このようになかなか面白いことをしようとしている作家なのですが、短編のセレクションの問題もあって、やや「短編小説集」としての面白さに関しては弱いところがあります。
 訳者は甘耀明の全貌を知ってもらうために、連作短編集の一部や長編の一部をこの短篇集に入れているのですが、やはり「神秘列車」、「伯公、妾を娶る」といった独立した短編に比べると、やや物足りなさが残るのも事実。短編としての完成度を重視して、セレクションしても良かったのではないかと思います。


神秘列車 (エクス・リブリス)
甘耀明 白水 紀子
4560090408