杉田真衣『高卒女性の12年』

高校3年から30歳まで、4人の語りから浮かび上がる、ノンエリート女性たちの労働と生活の実態。その生きづらい現実と実感をまるごと受けとめる。

 これがこの本の帯に書かれている文句ですが、この本のウリはなんといっても「高校3年から30歳まで」の12年間にわたって公立普通科の最低位校出身の4人の女性のライフヒストリーを追っている点。
 若者のライフヒストリーを追おうとした本というのは珍しくはないですが、その多くは若者に今までの過去の聞き取りをした本ですし、またその後をフォローしたとしても5年程度がいいところでしょう。
 それに対して、この本では高校時代から高卒1年目、3年目、5年目、10年目、12年目と継続的にインタビューを行っています。過去の聞き取りだと、どうしても「面白い過去」、「語るに値する過去」を持つ人の語りが目立ってしまうということがあるのですが、この本では、そういったバイアスなしに、「素のライフヒストリー」を提示することに成功しています。
 また、後半では4人のライフヒストリーをもとに分析が行われており、本のサブタイトルでもある「不安定な労働、ゆるやかなつながり」が浮かび上がるような構成になっています。


 この本でインタビューを受けているのは、庄山さん、西澤さん、浜野さん、岸田さんという4人の女性。この4人は東京の下町にある同じ高校(前述のように公立普通科の最低位校)出身の同学年であり、この4人は友人同士であったり、友人の友人であったります。30歳の時点で結婚していたのは岸田さんのみで、岸田さんのみに子どもがいます。
 

 例えば、浜野さんの高校卒業からの12年間というのは次のようなものになります。
 浜野さんは高校卒業当時、生活保護を受けている母親と一歳下の弟の3人ぐらしで、他に3歳上の姉と金銭的トラブルで母親から「勘当」された二歳上の兄がおり、病弱な母親に代わって3歳上の姉が金銭的な管理などをしていたそうです。浜野さんは高校時代から居酒屋でアルバイトをし、家にお金を入れている状態でした。
 高校卒業後、ヘアメイクの仕事に興味があったものの、合格した専門学校の学費が払えず、美容室で働きながら通信教育で資格を目指すことに。しかし、職場での人間関係などから高卒2年目の6月に美容室を辞め、非正規を転々とする生活になります。パチンコ店、倉庫、カラオケ店、光回線テレアポなどの仕事をしますが、母や姉からは月に20万円以上家にお金を入れるようにプレッシャーをかけられ、精神的に不安定にもなったそうです。
 高卒5年目のころにはチャットレディなどの仕事をしたりもしましたが、高卒7年目のころにヘルニアが悪化し、生活保護を受けて治療を行います。高卒9年目で基金訓練制度でウェブデザインを学び、高卒10年目からは風俗店でウェブ作成などの仕事につきます。ここで正社員となり、とりあえず安定したというのが高卒12年目の状況です。
 ゆくゆくは小料理屋を出したいという夢もあるそうですが、母親との関係はややこしいらしく、「極端な話、親がいる限り自由はない」(104p)と語っています。


 第一部では、このような4人分のライフヒストリーが語られています。
 もちろん、四者四様の人生なのですが、高校在学中からバイトをして家計を助け、コネのあった西澤さん以外はいずれも高卒後に非正規で就職、その後も時給のよい仕事を求めて職を転々としています。また、岸田さん以外には風俗産業で働いた経験があります。
 似ているといえば似ているライフヒストリーなのですが、これは4人の性格や生き方が似ているというのではなく、彼女たちを取り巻く状況がそう見せているのでしょうね。


 第二部では、4人のインタビューに基づいた分析がなされているのですが、それも踏まえていくつか感じたことを書いてみたいと思います。
 まず、仕事に関しては選択肢こそあるものの、その選択肢はどれも魅力的ではないということです。
 若い女性ということで、バイト先はあります。日雇い派遣や風俗の仕事というのもあります。しかし、風俗を除けば、バイトはいずれも低時給であり、また、派遣の仕事は交通費が出ないことが多いなど、時給に換算すると低額になってしまうケースが多いです。
 風俗の仕事は、確かに給料はいいのですが、キャバクラなどでも警察の取り締まり等によって途中で潰れてしまうケースも多く、なかなか安定した仕事とはなりません。また、第2部の第6章では求められるコミュニケーションの難しさや身体的な「きつさ」なども指摘されています。


 一方、正社員の仕事も彼女たちにはそれほど魅力的にはうつらないようです。バイト先で出会う正社員たちは忙しく、疲弊していて、なかなか「正社員を目指して頑張る」というふうにはなりません。
 あと、バンドやジャニーズの追っかけなどをやっているケースも多く、そのための休みが取りにくい正社員になるのに二の足を踏むというのもあります。
 「30近いんだし、そこは仕事だろ!」と突っ込みたくなる人も多いでしょうが、そういう「ささやかな楽しみ」を諦めるとういうのは、しんどい生活を送っている人には非常に重いことなのでしょう。


 このように非正規を転々としている彼女たちですが、完全に行場を失うことがないのは家族がいるからです(庄山さんは途中で母親を亡くしていまうけど)。
 家族によって、とりあえず「住」が確保されているというのは大きいです。ただ、先ほど紹介した浜野さんのケースでもわかるように、家族は最低限の保護を与えてくれると同時に、「桎梏」でもあります。
 彼女たちが高校時代からバイトをして家にお金を入れていたことからもわかるように、家族は彼女たちの自由を奪う存在でもあります。先ほど、「最低限の保護」と書きましたが、その保護を受けるために差し出さなければならないものも大きいわけです。


 ただ、東京の下町ということもあって、友人同士の付き合いがその家族との付き合いに発展しているケースもあり、それが彼女たちをずいぶん救っています。この4人の中では、西澤さんの家庭が一番しっかりとした家庭なのですが、その西澤さんの家は家族ぐるみで庄山さんや浜野さんを支えたりしています。このあたりは、一種のソーシャル・キャピタルが生きていると言えるのかもしれません。
 また、結婚した岸田さんの生活は圧倒的に安定しており、家族の大きさというものをやはり感じます。


 こうしたこと以外にも第2部では著者によってさまざまな分析がなされており、今の若者が置かれた状況や、それに対して若者たちが取る戦略などが見えてきます。
 ただ、なんといっても面白いのは第1部のインタビュー。本当に、何をしていたかということを聞いているだけなのですが、それにもかかわらずというか、それだからこそ読ませるものに仕上がっています。物語の「中心」のようなものはないのですが、だからこそひとりひとりの境遇が見えてきます。


 唯一、注文を言うとすれば、一番最初にインタビューしたときは公立の中位校の生徒にもインタビューをしたそうなので、その中位校の生徒(特に同じように高卒で働いた生徒)のことも追っていれば、さらにおもしろい調査になったのではないかということです(高校受験で一回、階層化されたわけですが、それがその後の人生にどの程度影響をおよぼすのか、といったこと)。
 けれども、とにかく12年の追跡というのはそうそうできないことだと思いますし、非常に貴重な記録だと思います。


高卒女性の12年: 不安定な労働、ゆるやかなつながり
杉田 真衣
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 同じように低位校の生徒が直面する問題をおったものとしては、メアリー・C・ブリンと『失われた場を探して』もおもしろい。


失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学
メアリー・C・ブリントン 玄田 有史(解説)
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