キルメン・ウリベ『ムシェ 小さな英雄の物語』

 長編第一作の『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』が<エクス・リブリス>で日本にも紹介されたスペイン・バスクの作家キルメン・ウリベの長編第二作。同じく<エクス・リブリス>シリーズからの登場です。
 Amazonのページに載っている紹介は以下のとおり。>>

バスク文学の旗手による待望の第二長篇
スペイン内戦下、ゲルニカ爆撃の直後に、約二万人のバスクの子供たちが欧州各地へ疎開した。八歳の少女カルメンチュは、ベルギーの文学青年ロベール・ムシェとその一家に引き取られ、深い絆を結ぶ。ムシェは戦争特派員として前線を取材し、ヘミングウェイや芸術家たちと親交をもつ。やがて第二次世界大戦の勃発とともに、カルメンチュたち児童は荒廃したバスクへの帰還を余儀なくされる。
その後、ムシェは進歩的な女性ヴィックと出会い、結婚。バスクの少女にちなんでカルメンと名付けた娘とともに、幸福な日々を送る。しかしまもなく、反ナチ抵抗運動に加わったムシェは、悪名高いノイエンガンメ強制収容所に移送される……。
ヴィックは愛する夫の帰還を待つが、なかなか消息は得られず、戦後、カルメンと二人で生きていく決意をする。父の記憶を持たないカルメンは、ノイエンガンメ収容所の解放五〇周年式典をきっかけに、父の足跡をたどり始める。
ノンフィクション的な記述と小説的な語りとのあいだを行き来して、ムシェとその周辺の人々を鮮やかに蘇らせてみせる。好評の『ビルバオ‐ニューヨーク‐ビルバオ』の異才による傑作長篇!

 この紹介文を見ると、かなりの歴史的な大河ドラマを想像するかもしれませんが、読んでみるとそういった「大河ドラマ」とはまったく違う作品であることがわかります。
 「小さな英雄の物語」とあるように、主人公のロベール・ムシェは確かに立派で英雄的なところもある人物なのですが、それを「大きく」ではなく「小さく」描いているのがこの小説の特徴といえるでしょうか。
 

 前作の『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』は、著者のウリベがビルバオからニューヨークへと向かう飛行機の中でバスクにまつわるさまざまな思い出のスケッチを書いた詩とエッセイと小説の中間にあるようなスタイルで描き出しましたが、この『ムシェ』では、ロベール・ムシェの人生と周囲の人物をノンフィクションとエッセイと小説の中間のようなスタイルで描いています。
 ウリベは、この作品を書くまで、親友の死などもあってなかなか作品を書く気になれなかったそうですが、内戦下のスペインから避難したバスクの子どもたちの子孫と会い、そこからロベール・ムシェの娘のカルメン・ムシェを知り、ロベール・ムシェに関するさまざまな資料を見せてもらってこの本を書いたそうです。
 そして、この作品ではそうした経緯も隠さずに、むしろ小説の一部ととして組み込む形で書かれています。


 とにかく、全体として非常に「素直」な印象を受けるのがこの小説の特徴です。
 ウリベはロベール・ムシェへの尊敬を隠そうとはしませんし、その姿は現在の小説とは思えないほど、ストレートに描かれています。
 もちろん、作者の登場や、時系列の入れ替え、手紙の挿入など、現代の小説っぽい仕掛けはあるのですが、そういった技法もある種の素朴さに奉仕している感じです。
 最近の凝りに凝った小説に疲れた人におすすめしたい小説ですね。


ムシェ 小さな英雄の物語 (エクス・リブリス)
キルメン・ウリベ 金子 奈美
4560090424