パオロ・バチガルピ『神の水』

近未来アメリカ、地球温暖化による慢性的な水不足が続くなか、巨大な環境完全都市に閉じこもる一部の富裕層が、命に直結する水供給をコントロールし、人々の生活をも支配していた。米西部では最後のライフラインとなったコロラド川の水利権をめぐって、ネバダアリゾナ、カリフォルニアといった諸州の対立が激化、一触即発の状態にあった。敏腕水工作員(ウォーターナイフ)のアンヘルは、ラスベガスの有力者であるケースの命を受け、水利権をめぐる闇へと足を踏み入れていく……。『ねじまき少女』で化石燃料の枯渇した世界を描いた作者が、水資源の未来を迫真の筆致で描く傑作。

 
 これが裏表紙に書かれているこの本の紹介文。
 このぶんにも書かれている通り、『ねじまき少女』化石燃料の枯渇した世界なら、こちらの『神の水』は水の枯渇した世界を描いた作品になります。この水の枯渇した世界というのは短篇集『第六ポンプ』に入っている「タマリスク・ハンター」と同じで、この『神の水』は「タマリスク・ハンター」を長編に発展させたものといえるでしょう。


 局地的な水不足というのは、化石燃料の枯渇よりも今すぐにありえるものです。実際、カリフォリニアなどからは水不足のニュースが伝わってきますし、アメリカではかなり切迫した問題になっています。
 そのせいもあって、石油に代わって動力源となっているのは新型のゼンマイ、そのねじを巻くために使わるのが遺伝子操作されたメゴドントという象、さらに遺伝子操作で生み出された空を徘徊するチェシャ猫が登場した『ねじまき少女』に比べると、登場するガジェット等は現在からも十分に想像できるもので、SF的な想像力はあまり感じられないかもしれません。


 ただし、その代わりにあるのが物語を引っ張る力。
 設定は圧倒的に面白いものの、「話が進まない」感のあった『ねじまき少女』に比べると、こちらは水利権の謎を巡ってかなりのスピードで物語が展開していきます。
 水工作員(ウォーターナイフ)のアンヘルとジャーナリストのルーシーが殺された人物の見つけたお宝の謎を追い、それに難民(水のない州の住民は故郷に住めなくなり難民化している)のマリアが絡んでいく展開はミステリーとしてもなかなか優れていると思います。


 ミステリーと書きましたが、この小説で描かれている暴力に満ちた殺伐な世界は、ドン・ウィンズロウ『犬の力』あたりに近いものがあります。
 『犬の力』は、アメリカの麻薬捜査官とメキシコの麻薬組織の戦いを30年近くにわたって描いた作品でしたが、まるでハリウッド映画のような小説でした。そして、この『神の水』もきわめて映画的なシーンに満ちた小説だと思います。場所によってはカメラワークさえ浮かんできます(というか、映画のカメラワークを想像しながら書いているのだと思う)。
 

 個人的には、もう少しSF成分が濃い作品が好みですが、エンターテイメント作品としては非常によくできた作品だと思います。


神の水 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
パオロ・バチガルピ 中原尚哉
4153350230