『海よりもまだ深く』

 見る前は、阿部寛樹木希林で親子だというと『歩いても 歩いても』のまんまじゃないかと思いましたし、それ以外にもリリー・フランキー真木よう子と『そして父になる』の面々、姉役がYOUから小林聡美に変わっただけじゃないか?というイメージでしたが、見てみると『歩いても 歩いても』の焼き直しではない面白さがありました。
 

 主人公の阿部寛は以前は純文学の賞ももらったことのある作家ですが、すっかり売れなくなって「取材」と称して興信所勤めをしています。結婚していた真木よう子とも別れ、月に一度、養育費を払いがてら息子に会っているものの、養育費の支払いすらままならず、何か金目の物はないかと団地で暮らす母親の樹木希林や姉の小林聡美のもとに顔を出したりしている状況です。


 阿部寛の冴えない様子や、樹木希林とのやりとり、そして樹木希林小林聡美のやりとりといったものは、是枝裕和の十八番といった感じで面白いしうまいです。
 平日だったので客席には年配の人が多かったのですが、何度も笑いが起きていました。
 子役に関してはいつもほどは目立たなかった気もしますが、そういった役ですし、自然体で撮れています。また、阿部寛の同僚の池松壮亮の存在も良かったと思います。
 

 ただ、これだけだとやはり『歩いても 歩いても』も前半と同じ。今回の映画の良かった点は、たんなる冴えない男と家族との交流を描くだけでなく、「団地」という戦後の日本を象徴する場所を鮮やかに描いた点です。
 舞台となるのは清瀬の旭ヶ丘団地で、是枝裕和が子ども時代に暮らしていた団地です。映画には何度か清瀬駅が登場するなど、場所もはっきりと明示されています。 
 団地というと、建った当初は「憧れ」の生活を約束していくれる存在でしたが、しだいに戸建てマンション等にその「憧れ」は置き換えられていきました。
 当然ながら住民の高齢化も進んでおり、特に清瀬駅からバスに乗らないと辿りつけない旭ヶ丘団地などは、ある意味で、取り残されてしまったような場所です。
 この映画の樹木希林は、そんな「憧れ」をもって団地に移り住んできたものの、お金の管理のできない夫を持ったために、その団地から抜け出すことができず、40年以上、団地に暮らし続けています。
 

 このように団地というのは「良き共同体」のようなものではまったくなく、例えば、賃貸と分譲のちょっとした階級差みたいなものもこの映画では描かれています。
 それでも、絶望感が支配しているかというとまったくそんなことはなく、老人たちはクラシックレコードを聴く会を開いたりしていますし、樹木希林もどこかで分譲の3LDKに移って、息子や孫と暮らす夢を持っていたりします。
 もちろん、それはかなわない夢なのですが、「そのくらいの希望はもっていてもいいでしょ」という感じのものです。この「団地の中の夢」と、阿部寛の現在地が重なって進行するのがこの映画の見どころだと言えます。


 以前、『歩いても 歩いても』の感想にも書いたように僕は樹木希林の演技が好きではないで、この映画も手放しで良かったという感じはしないのですが、笑いの中に中年男の人生と団地というものの現在をうまく描いた映画だと思います。


 ちなみに団地についていろいろと本を書いている原武史は、お隣の東久留米市の滝山団地出身。このあたりの団地の全盛期の様子を知りたい人は彼の『滝山コミューン一九七四』『団地の空間政治学』を読むとよいでしょう。


滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)
原 武史
406276654X


団地の空間政治学 (NHKブックス No.1195)
原 武史
4140911956