ウィリアム・トレヴァー『異国の出来事』

 国書刊行会、<ウィリアム・トレヴァー・コレクション>の第二弾は、アイルランド以外の地を舞台にした小説を集めた日本独自編集の短篇集。以前、同じ国書刊行会から出た『アイルランド・ストーリーズ』がアイルランドを舞台にした作品を集めたものだったので、それと対になる感じですね。


 アイルランド以外が舞台になっているということもあり、旅の中の一コマを描いたものが多いです。
 旅といえばアバンチュール、「一夜の恋」といったものが定番ですが、この短篇集でもそういった場面を描いたものは多いです。
 ただ、そこはトレヴァー。「一夜の恋」をロマンティックに描くなどということはしません。そうしたロマンティックな覆いを辛辣に取り去ってしまうのがトレヴァーです。


 冒頭の「エスファハーンにて」では、かつて繁栄を極めたイランの都市を舞台にイギリス人の中年男とインドのボンベイで年上の夫と暮らしているというイギリス生まれの女性のロマンスが展開されるのですが、最後にトレヴァーはそのロマンスの甘い上澄みを残酷とも言える筆致で取り去ってしまいます。
 「お客さん」も、レストランで近くに座った男とアメリカ人の人妻との交流が描かれているのですが、ロマンチックに見える設定も終わってみればほろ苦さを倍増させるようなものになっています。


 「ザッテレ河岸で」では、ヴェネツィアを舞台に最近妻を亡くした父と娘の関係が描かれているのですが、父の陽気さと表裏一体の無神経さが娘を苛つかせる様子が鋭く描かれています。
 そして、母親から寄宿舎に入れられた少年とその寮の副寮母が列車に乗って帰省するときの一コマを描いた「帰省」。自分を悲劇の主人公のように思っている生意気な少年が、列車の食堂車などで騒動を引き起こすのですが、この少年の「悪意」をトレヴァーはぐうの音も出ないほど押さえつけてみせる。奇妙な迫力のある作品だと思います。


 このようにけっこう「悪意」のある作品が並んでいます。
 ただ、そんな中でもラストの「娘ふたり」は、物語のはじまりこそイタリアのシエナですが、アイルランドでの過去を回想する話になっており、やや毛色が違います。
 アングロアイリッシュアイルランドプロテスタント)の家のマーガレットとローラという二人の娘が、同じアングロアイリッシュのラルフという病弱な少年に憧れるが、この少年にはどこか曲がったたころもあって…、というもので、ややほろ苦い作品です。ただ、他の収録作品に比べると、アイルランド舞台にしているせいもあって、「悪意」はかなり中和されている感じです。


 今まで書いてきたように、「悪意」を感じる作品が多いので、トレヴァーを初めて読む人は『聖母の贈り物』『アイルランド・ストーリーズ』がお薦めですが、この『異国の出来事』も一遍たりとも薄味なものはなく、短編小説を読む醍醐味を味あわせてくれます。


異国の出来事 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)
ウィリアム トレヴァー William Trevor
4336059160