エスピン=アンデルセン『平等と効率の福祉革命』

 『福祉資本主義の三つの世界』で現代の福祉国家における複数の均衡を鮮やかに示してみせた著者が、女性の社会進出を一種の「革命」と捉えた上で、そこで生じる問題点や、あるべき社会のデザインを語った本。
 女性の社会進出を進め、そこから生じる問題をクリアーするためには、『福祉資本主義の三つの世界』で打ち出された福祉国家の三類型の中の社会民主主義ジームこそが有効な解決策であるという明解な主張がなされています。


 目次は以下の通り。

序論
第I部
第1章 女性の役割の革命と家族
第2章 新しい不平等
第II部
第3章 家族政策を女性の革命に適応させる
第4章 子どもに投資しライフチャンスを平等にする
第5章 高齢化と衡平


 まず、ここでいう「革命」とは、女性の社会進出とそれに伴う家族の変容です。この家族の変容について、著者は次のように述べています。

 ゲイリー・ベッカーやタルコット・パーソンズのような戦後の社会科学者が恐ろしい誤りを犯したのは、安定した核家族とは近代にむかっての画期的な進化の頂点をなす、と想定した点である。しかし、実際に今では明らかになったように、20世紀半ばの家族行動は、ほとんどすべての重要な次元で歴史的な変則だったのだ。ベビーブーム世代を生み出した出生力の飛躍的な上昇は、歴史的には短い幕間にすぎなかった。(7-8p)


 男性が稼ぎ手で女性が家事や育児を担う、この家族の形は20世紀半ばまでは安定したものであり、一つの均衡と考えられてきました。しかし、70年代以降、徐々に女性の社会進出が進み、もはや「家庭に入る」ことが当たり前ではなくなっています。
 この変化に対して、歓迎する人も否定的に見る人もいるでしょうが、これはほぼすべての先進諸国で起こっている現象であり、避けられない大きな変化だと著者は見ています。
 そして、この変化に対して適切に対処することが出来なければ、社会的な不平等がさらに拡大し、社会が大きな非効率を抱えることになるというのです。


 まず、第1章では「革命」と呼ばれる女性の社会進出や高学歴化の現状が説明され、同時に「安定した核家族」が急速に多様化しはじめていることが指摘されています。ゲイリー・ベッカーがもっとも効率的だとした「男性稼ぎ主家族」(33p)は過去のものとなり、女性も稼ぎを持つことで家族内のおいて男性と対等な関係を築こうとしています。
 ただ、この「革命」は「未完の革命」であります。伝統的な家族志向を持つ人はまだまだ多くいて、特に貧しい階層ではそのような規範が根強いのです。
 「革命」は「高学歴の中流階級の女性から始ま」(54p)っており、すべての階層に及んでいるとはいえません。また、結婚相手に同程度の経済力や文化的資本を求める同類婚の志向も、この階層化に拍車をかけています。
 

 第2章では、この階層化の問題がとり上げられています。20世紀後半以降の格差の拡大については、ピケティによる研究などさまざまなものがありますが、この章では格差の拡大と「革命」の関係がとり上げられています。
 第一の問題は、結婚が不安定になるに従ってひとり親家庭が増えその生活が不安定になっている点、第二の問題は教育面における高いレベルでの同類婚が増えている点、第三は高学歴・高収入の階層ほど共働きの傾向が強い点です(61p)。
 例えば、アメリカでは共稼ぎが当たり前になっていますが、所得の五分位の最下層は例外となっています(71p)。つまり、豊かな階層は夫婦共稼ぎでますます豊かになり、貧しい階層は取り残されている現状があるのです。
 さらに、この格差は子ども世代にも伝わります。シングルマザーとその他の子どものあいだのPISAテストの格差はアメリカでは40点以上になります。ただ、一方でデンマークでは25点、ドイツでは10点であり、この問題は是正できる可能性もあるのです(73p)。


 第3章は、この「革命」に対してどのような家族政策をとるべきかということについて。
 この本で著者が繰り返し主張するのは、家族主義的な政策がかえって家族を解体していくということです。
 例えば、小さい子どもは家庭で面倒を見るべきだという考えは、保育サービスの普及を妨げ、結果として高学歴女性に子どもを持たない人生を選択させることになります(82-83p)。
 これは高齢者の介護についても言えることです。「親は子どもが介護すべき」という考えは、子どもを介護に縛り付けて新たな家族の形成を妨げるかもしれませんし、それこそ介護殺人のような最悪の結果を生む可能性もあります。
 第5章において著者は次のように述べています。

 寿命が延びれば、要介護の程度が高まり、労働集約的な介護が24時間体制で必要になることも少なくない。重労働を伴う介護を提供するように家族が要求されるとしたら、多くの人は逃げ出してしまうだろう。こうなっては、家族の連帯は損なわれてしまいかねない。家族介護が強く必要とされる場合は、たいてい家族のだれかが〜通常は娘であるが〜仕事を辞めざるをえなくなる。家族主義的な福祉の解決策は、それが目指している目的そのものにたいして、逆効果に陥ってしまいやすいのである。(155p)

 

 求められるのは「脱家族主義」的な福祉政策になります。
 日本をはじめとするいくつかの国では、女性の社会進出にともなって少子化が問題となっていますが、多くの先進国において女性が望む子どもの数は2人であり(80p)、家族政策が適切であればこれにちかい出生率が実現できるはずです。
 著者は、北欧諸国の出生率が高いこと、高学歴の女性の出生率が高いことをあげ、北欧に見られるような普遍主義的な福祉政策を推奨しています。
 仕事への復帰のしやすさは、例えばデンマークとスペインでは大きく違います。デンマークでは出産によるキャリアの中断は平均で9ヶ月であるのに対して、スペインは46ヶ月になります(88p)。この違いが、スペインの女性に出産をためらわさせているのです。


 育児に対しては「国家に頼るのではなくパートナーの男性がもっと参加すべき」という意見もあるでしょうが、著者は男性の人生の「女性化」を肯定しつつも、教育年数の短い男性ほど旧来のジェンダー規範に忠実であることから。男性に期待するだけでは貧しい階層の女性や家族を救うことは出来ないと考えています(92p)。
 また、アメリカ流の保育サービスを市場に任せるやり方に関しては、買い手が売り手が提供する保育サービスの正確な情報を知ることが難しいといったことから、否定的です(96p)。


 このように書いていくと、著者は男女の「平等」にばかり熱心なように見えますが、タイトルに「平等と効率」とあるように、いたるところで繰り返されるのが、福祉政策が「効率的」であるという議論です。
 女性の育休期間への給付や保育サービスの提供は政府の負担ですが、もしそれによって女性がキャリアの中断を最小限にして働きつづけるならば、その女性の収入は増えますし、それに伴って政府の税収も増えます。女性への支援は政府にとって「投資」とも言えるのです。
 この章では、「マクロ経済的にいえば福祉の総費用は、市場と政府をいかように組み合わせても、それほど変わらない」(108p)と指摘しており、必ずしも市場に任せることが「効率的」だとは限らないともしています。


 この「効率」や「投資」という面がもっともよく現れるのは子育て支援になります。第4章では「子どもに投資してライフチャンスを平等にする」というタイトルのもと、子育て支援のあり方が論じられています。
 教育を「投資」と見る考えは、日本でも多くの人に共有されていると思います。日本の大学の学費はかなり高いですが、それでも人々はそれを「投資」と考えて払ってきました。
 ただ、最近、注目されているのは大学などの高等教育ではなく、小学校に入る前の就学前教育です。ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンが『幼児教育の経済学』で述べるように、最も効果的な「投資」は就学前の教育だというのです。
 しかし、就学前の教育こそ家庭による差の出やすいところです。子ども本人の意思はまだないと言っていいですから、親の意思、親の文化資本がそのまま差となって現れるのです。また、義務教育ではないため、親の所得によって就学前教育をほとんど受けない子どももいます。著者は、この就学前の時期に関して「最も「私有化」されている時期」(125p)だといいます。
 

 この就学前教育の強化のために必要なものは、「金銭」、「時間投資」、「学習文化」の3種類の家族効果だといいます(126p)。
 金銭に関しては所得の再分配や児童手当、さらには母親の就業が重要です。ただ、母親の就業が子どもに接する時間を奪ってしまうのならば、金銭の効果を打ち消してしまう可能性があります。著者は「生後1年以内の育児の外部化が悪影響をもたらし得ることを重く受け止めると、政策として、有給の出産休業と育児休業の組み合わせが1年間に及ぶように保障しなければならない」(141p)と考えています。
 やっかいなのは「学習文化」の問題です。子どもと読書するように親に命じたりすることは政策としてなかなかできるものではありません。しかし、北欧の例を見ると早期の保育サービスの充実は、この家庭の文化資本の問題をある程度緩和します。
 ここで提案されている政策はいずれもそれなりの財政コストを伴うものですが、就学前教育はある意味で最も「効率的」な投資であり、「効率」の面からもこれらの政策は支持されます。


 第5章は高齢化の問題を扱っています。今まで福祉国家は様々な批判を受けてきましたが、現在、最も多いものは「高齢化によって福祉国家は持続不可能になる」というものでしょう。
 高齢化による財政負担の増大を避けるために、市場や家族に大きな役割を与えるべきだという考えもあります。これによって財政支出は切り詰めることが可能でしょう。ただ、「だからといって、高齢者につぎ込まれる国民のGDPが減ることにはならない」(155p)のです。
 先ほどの引用にもあるように、介護を家族に任せれば、家族の誰かが仕事を辞めて介護に専念することになる可能性が高いです。それによって政府の支出は減りますが、GDPや税収は減ることになるかもしれません。
 市場は裕福な人には十分な老後を提供するかもしれませんが、貧しい人には提供しないでしょう。「福祉供給の公私混合は、費用の総量にはあまり影響をもたらさないが、福祉の分配は左右する」(157p)のです。
 また、「老齢年金保険は、その趣旨と設計により、寿命の短い人から寿命の長い人びとへの所得を移転する」(166p)という指摘も重要でしょう。これにより、年金には貧しい人から豊かな人への所得移転になってしまうこともあるのです。


 そして、著者は「あとがき」で次のように書いています。

 私は、安定した新しいジェンダー平等均衡を達成するためには、外からの強力な誘引が必要であると考えており、そして、福祉国家が依然として確実に有効な唯一の誘引であると確信している。そうだとしたら、福祉国家はどのように女性の革命に適応しなければならないだろうか。その答えはほとんど明白といってよい。しかしその理由は、フェミニストが繰り返して主張してきたものとは異なる。真に切迫した問題は、女性の革命が成熟に向かって進展していくにつて、結果として不平等が生産されることである。そして、この革命のもたらす影響は、マクロ世界の社会統合とともに、ミクロ世界の家族生活をも包み込む。それらは、私たちのライフコースのあらゆる面に及ぶ。そして、忘れてはならないことであるが、将来の世代のライフチャンスのも及ぶのである。(177p)


 このように「平等」と「効率」という視点を忘れずに福祉国家を擁護した本になります。福祉に関する言説というと理念が先行して、あとで経済学者から突っ込みを受けるケースが少なくないですが(理念先行が悪いわけではないですけど)、この本ではデータに基づいて、福祉の「効率」というものがしっかりと提示されています。非常に読み応えのある本と言えるでしょう。
 ただ、残念ながら現在品切れなんですよね。自分は古本で手に入れましたが、手に入りにくい人は同じ著者の『アンデルセン、福祉を語る』を読めば、著者の提示する方向性はつかめると思います。
 復刊希望の1冊です。


平等と効率の福祉革命――新しい女性の役割
エスタ・エスピン=アンデルセン 大沢 真理
4000245120


アンデルセン、福祉を語る―女性・子ども・高齢者 (NTT出版ライブラリーレゾナント049)
エスエスピン‐アンデルセン 京極 郄宣
4757142080