『ハドソン川の奇跡』

 クリント・イーストウッドが、2009年1月15日、突然の全エンジン停止という危機に見舞われながらも、ハドソン川に不時着に成功し乗客を救った機長サレンバーガー(サリー)を描いた作品。原題は「サリー」となっています。
 96分という、この手のドラマにしては短い尺で、ここ最近の『アメリカン・スナイパー』、『ジャージー・ボーイズ』、『J・エドガー』といったイーストウッドの作品に比べると「小品」といった印象も受けます。
 ただ、「英雄とその後」というテーマは、『アメリカン・スナイパー』や『父親たちの星条旗』といった過去のイーストウッド作品と共通するもので、イーストウッドらしい映画とも言えます。


 このハドソン川への不時着事件については、日本でもニュースでとり上げられたので覚えている人も多いかもしれません。しかし、「英雄」とされたトム・ハンクス演じる機長サリーが、事故調査委員会において、「本当は空港に引き返せたのではないか?」、「川への不時着という判断は間違っていたのではないか?」と疑われたことはこの映画を見るまで知りませんでした。
 不時着に成功し、乗客全員を救った「英雄」は直後から、「科学的証拠」とやらをもとに疑念にさらされることになるのです。
 

 もちろん、イーストウッドは「科学的証拠」とやらを突きつける調査委員会に対して冷たく、機長に寄り添う形で描きます。
 ただし、イーストウッドの描く「英雄」の多くがそうであるように、彼は自分の経験やスキルに自信を持ちつつも、その行動に絶対の自信があるわけではありません。サリーは何度も事故のフラッシュバックに苦しめられます。

 
 それでもやはり積み上げてきた経験や技術に信を置くのがイーストウッド。サリーの苦悩と自らの経験に裏打ちされた自信が入り混じるような形で描かれています。副機長を演じるアーロン・エッカートを含め、このあたりの職業人を描く腕は安定しています。
 また、事故の様子を変に引き伸ばさずに、実際のエンジンが故障してから不時着するまでの時間に忠実なのも良いと思います。


 そしてラストの切り方も潔いです。
 『ブリッジ・オブ・スパイ』でトム・ハンクスと家族を再会させるスプルバーグと、『ハドソン川の奇跡』でトム・ハンクスと家族を再会させないイーストウッド。いかにも、という気がしました。