『永い言い訳』

 『ゆれる』、『夢売るふたり』などの西川美和の監督作品。
 突然のバス事故で美容師の妻(深津絵里)を失った、本木雅弘演じる作家の衣笠幸夫(ペンネームは津村啓)。突然の悲劇に襲われた彼であったが、実は夫婦の仲は冷えていて事故の当日も実は幸夫は不倫をしており、素直に泣くことは出来なかったというがこの映画の出発点。
 そんな幸夫は、幸夫とは真逆に妻の死をストレートに悲しみ嘆く大宮陽一(竹原ピストル)とその子どもたち(小6の兄と5歳の妹)と知り合い、ひょんなことから交流を重ねていきます、というのがこの映画のストーリーになります。


 物語の発端はまったく違うのですが、主人公が作家でその主人公をサポートしたり観察したりする役として池松壮亮が配されているのは、是枝裕和の『海よりもまだ深く』と同じ。子どもとの交流が重要な役割を果たすのも同じでうね。
 実際、エンドクレジットの企画協力に是枝裕和の名前がありました(どんなふうに関わっているのかは知らないですけ)。


 ただ、物語を比較的丁寧にゆっくりと描く是枝裕和に対して、この映画の前半はかなり性急でご都合主義的。
 幸夫の妻と大宮陽一の妻が親友同士だったということから、幸夫と陽一の一家の交流が始まるのですが、普通ここまでトントン拍子にはいかないでしょうし、陽一がトラックの長距離トラックの運転手で、長男の真平が中学受験で難関中学を目指しているというのもややリアリティがありません。
 ところが、ここは子どもの撮り方のうまさと、子どもにどう接していいかわからない男を演じる本木雅弘の演技のうまさもあって、ややご都合主義と思いながらも笑えて楽しめます。
 

 本木雅弘の役名の本名は衣笠幸夫、あの「鉄人・衣笠祥雄」と同じ読みです。
 主人公はこれを嫌がって津村啓というペンネームを使い、20年来連れ添ってきた妻が自分のことを「幸夫くん」と呼ぶのを嫌がるのです。そして、これには妻の方にも少し悪意があり、作家として食えない時代を支えたのは自分だという自負が混じっています。
 しかし、子どもたちは主人公を屈託なく「幸夫くん」と呼び、幸夫もそれを受け入れていきます。今までやったことのない家事などにもチャレンジしながら、擬似家族に癒され、主人公は「幸夫であること」を受け入れていくのです…、というのが前半。
 ここで終わっても良い話を、西川美和はいやというほど展開させていきます。

 
 主人公のマネージャーを務める池松壮亮が、「男にとって子育ては逃避です」と言うシーンがあるのですが、確かにここで終わっては話はきれいな逃避で終わります。
 では、逃避ではない向き合い方とは何か? 「堕ちること」も逃避であるとしたら、それは意外と難しいものだと思います。
 きれいな答えが待っているわけではありませんが、それを探ろうとする映画になっています。


 まず子どもを使ったドラマが上手いですし、役者もハマっています。特に今回の『永い言い訳』といい、ドラマの「水曜日の情事」といい(また見たい)、本木雅弘は受け身というか流されていく役がハマりますね。
 監督の前作、『夢売るふたり』よりも良かったですし、『海よりもまだ深く』よりもこちらのほうが個人的には心に残る映画でした。


永い言い訳 (文春文庫)
西川 美和
4167906708