『この世界の片隅に』〜高畑勲の後継的作品として〜

 月曜に見た『この世界の片隅に』、感想を書かないままにずるずると来てしまった。
 一番の理由は体調不良なんだけど、もう一つはあまりにも絶賛されていて、「アニメ史上、映画史上に残る傑作!」とか言われると、それも違うんじゃないかという気持ちが残ったからです。
 もちろん、映画自体は良かったのですが、「アニメ史上に残る傑作」とか言われると『かぐや姫の物語』のほうがすごかったでしょ、という気持ちも出てくるのです(個人的に、50年後くらいにジブリの最高傑作が『千と千尋の神隠し』や『もののけ姫』ではなく『かぐや姫の物語』となっていても全然驚かない)。
 ただ、もちろん高畑勲は偉大な作家なので、彼のいいところを存分に取り入れていると書いても褒めていることになるだろうと思って、ちょっと書いてみます。


 まず、『この世界の片隅に』でいいと思うのは、きれいな絵のような風景とそれがファンタジックに変化していくところです。波のうさぎが一番の見せ場だと思いますが、それ以外にも主人公の心象に応じて、現実を超えた思わぬ変化を見せてくれるのですが、こうした見せ方は『おもひでぽろぽろ』の子ども時代の空をとぶ空想シーンとか、『かぐや姫の物語』の背景の描き方を思い起こさせました。
 

 また、日常の会話のうまさも際立っていて、変に説明調にならず、詩的に浮世離れもせず、それでいて感情の盛り上がるシーンもしっかりと描けています。
 このあたりの会話のうまさといえば、高畑勲には映画『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』があって、このあたりも高畑作品を思い起こさせます。


 では、『この世界の片隅に』が高畑作品に優っているところはどこかというと、まずは「左翼的な説教臭さ」のないところでしょう。『おもひでぽろぽろ』は好きな映画ですが、「農家に嫁になれ」というラストの展開はさすがにどうかと思いますし、『平成狸合戦ぽんぽこ』なんかもずいぶんと説教臭い作品だと思います。


 さらに『この世界の片隅に』はディテールへのこだわりが素晴らしいです。呉の街の様子から戦時中の食事、その生活ぶりまで細かに調べあげて描いています。
 高畑勲の『火垂るの墓』に対しては、宮粼駿が「海軍の軍艦の艦長の子どもが飢えたりしない」とその設定時代を批判していますが、そういった穴のようなものはないです。
 また、ここは高畑作品とは離れますが主人公のすずを演じるのん(能年玲奈)の声が、何とも言えぬ独特な雰囲気を作り上げています。戦争映画に対して身構えている観客を武装解除する感じですね。


 ただ、高畑作品のほうが優れている部分もあって、それはキャラの動き。
 この映画は泣ける映画だと思いますが、自分にとってはやはり『火垂るの墓』のほうが泣けます。それは、前半の節子の動きを見ているだけで泣けてくるからです。『火垂るの墓』はあの年齢の子どもと接したことのある人には犯罪的なアニメで、「辛くて見れない」という人も多いんじゃないかと思います。
 他にも『かぐや姫の物語』の寝返り、ずりばい、ハイハイ、立つ、歩く、といった赤ちゃんが大体1年位はかかって徐々にできるものを1シーンで見せるところとかは圧巻です。
 そうしたキャラの動きの快楽のようなものは『この世界の片隅に』にはそんなに感じませんでした。


 いろいろ述べてきましたが、個人的にはこの映画をとった片渕須直監督は、高畑勲監督の最良の後継者なのではないかと思ったところです。


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