シャーリイ・ジャクスン『鳥の巣』

エリザベス、エルスペス、ベッツィにベス
みんなで出かけた鳥の巣探し。
見つけた巣には卵が五つ、
一つずつとって、残りは四つ。

 これは、この小説の冒頭にエピグラフとして掲げられたなぞなぞ歌です。
 エルスペス、ベッツィにベスというのはすべてエリザベスの愛称で、この1つの名前に複数の愛称があるというのが小説の一つのキーになっています。


 この小説は国書刊行会の<ドーキー・アーカイブ>の第3弾として刊行されていますが、今までのL・P・デイヴィス『虚構の男』、サーバン『人形つくり』という2冊に比べると、著者のシャーリイ・ジャクスンは他の著作も現役で刊行されている作家でメジャーな存在といえるでしょう。
 

 博物館に勤めるエリザベスは非常に平凡な生活を送っている(あまりに変化がなさすぎて逆に平凡ではないかもしれませんが)女性ですが、ある日、博物館の仕事場に工事用の穴が開いたことから、徐々におかしなことが起こり始めます。
 そして、エリザベスの中に別の人格がいることが次第に明らかになっていくのです。
 

 というわけで、多重人格のお話になります。今では当たり前のように使われている「多重人格」という設定ですが、1954年に発表されたこの小説はその先駆的な存在です。
 この小説の登場人物は非常に少なく、エリザベス、彼女と暮らすモーゲン叔母、治療にあたるライト医師が主な登場人物になります。そして、この3人の視点を使いながらエリザベスの中にある謎に迫っていくことになるわけです。
 また、ライト医師の治療も催眠などを使った古典的なもので、「いかにも」的なものです。


 このように書いていくと、今さら読む必要なのない小説に思えるかもしれませんが、この小説はとにかく多重人格の書き分けがうまい!
 後半になると、面接の最中などに次々と人格が切り替わっていくのですが、これほどスピード感があって鮮やかな書き分けというのはなかなかないでしょう。
 先ほど、シャーリイ・ジャクスンはメジャーな作家だといいましたが、病的な世界に親和性のある作家であることは間違いなく、60年経っても古びない精神の病を描き出しています。
 シャーリイ・ジャクスンの他の作品も読んでみたくなりました。


鳥の巣 (DALKEY ARCHIVE)
シャーリイ・ジャクスン 北川依子
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