2009年の民主党の政権獲得と2012年の自民党の政権奪還は政策をどのように変えたのか?
これを8人の政治学者が核政策分野を分担する形で論じたのがこの本になります。構成や執筆者からすると御厨貴編『「政治主導」の教訓』のその後を検証したような本といえるかもしれません(執筆者は砂原庸介と木寺元がかぶっています)。
そして、すべての分野ではないのですが、民主党政権→自民党政権の断絶を見るのではなく、そこに政策的な継続を見出しているのが本書の特徴になります。
目次は以下の通り。
序章 政権交代は何を変えたのか(竹中治堅)
第1章 農業政策―政権交代がもたらす非連続的な米政策(濱本真輔)
第2章 電力システム改革―電力自由化をめぐる政治過程(上川龍之進)
第3章 コーポレート・ガバナンス改革―会社法改正とコーポレート・ガバナンス・コードの導入(竹中治堅)
第4章 子育て支援政策(砂原庸介)
第5章 消費税増税―社会保障との一体改革(木寺元)
第6章 対外政策―安全保障重視のアジア外交へ(佐橋亮)
第7章 防衛大綱改定(細谷雄一)
第8章 憲法解釈の変更―法制執務の転換(牧原出)
結章 安倍政権と民主党政権の継続性(竹中治堅)
以下、いくつか目についた章をとり上げてこの本の主張についてとり上げてみたいと思います。
- 第2章 電力システム改革―電力自由化をめぐる政治過程(上川龍之進)
民主党政権から第二次安倍政権への連続性というものを考える上では一番わかりやすい例になっている章だと思います。
電力自由化に関しては90年代半ばから議論が進んでいましたが、小売りの全面自由化、発送電分離、送電線の解放といった部分に関しては、経済産業省で議論が行われたものの、東電や電力総連の政治力などもあって進展しませんでした。
2009年の民主党の政権交代によっても電力自由化の議論は特に進展しませんでした。民主党にも電力総連の影響力がありましたし、そもそも民主党が電力政策についての具体的なアイディアを持っていなかったからです。
ところが、福島第一原発事故がそれを一変させます。政府は東電を存続させるスキームを選択しましたが、その代償として電力自由化によって既存の電力会社の独占体制を崩すことが世論対策のためにも必要だと考えられたからです。
震災後の電力不足や東電の政治力が低下したこと、自民党と違って電力会社と密接な関係を持つ議員が少なかったこともあって電力自由化の議論は一気に進んでいくことになります。
しかし、電力システム改革案が法案としてまとめられる前に民主党政権は下野します。そのため安倍政権がこの議論をひっくり返すことも可能だったはずです。しかし、原発事故によって電力会社のイメージが低下する中、世論に逆らって自由化に反対するこちは自民党議員にとっても難しいことでした。また、安倍政権で影響力を強めた経産省の官僚の中に自由化推進の一派がいたことや安倍政権での政策決定が官邸主導となったこともあって電力自由化は進んでいきます。
民主党政権で始まった改革は安倍政権でも継続されたのです。
この民主党政権と第二次安倍政権の連続性を示す事例として、結章で竹中治堅はこの電力改革の他、第3章のコーポレート・ガバナンス改革、第5章の消費税増税、第7章の防衛政策をあげています。ただ、消費税に関しては個人的に異を唱えたいところですね。
これは09年以前の自公政権→民主党政権→第二次安倍政権で政策がその都度変更された事例になります。
子育て支援のために第一次自公政権では幼保一体化が課題として掲げられ、2006年には認定こども園制度が始まりました。しかし、保育園は厚労省、幼稚園は文科省という縦割りが解消しなかったこともあって、認定こども園の数は低迷しました。
一方、民主党政権で子育て支援の目玉となったのは子ども手当でした。「控除から給付へ」という理念のもと普遍主義的な福祉を目指した制度でしたが、財源問題や「少子化担当相でもあった福島瑞穂が本来の分担ではない沖縄問題に集中した挙句、民主党との対立を深めて辞任するような状況」(131p)などが重なり、中途半端な形でしか実現できませんでした。
そこで民主党政権は幼保一体化に力を入れていくことになります。菅直人首相は10年の参院選の前に幼保一体化に力を入れることを宣言し、現金給付重視から現物給付重視へと舵を切っていくのです。
このように民主党政権も過去の自民党政権と似たような政策に落ち着いていきます。こうなると第二次安倍政権ではさらに幼保一体化が進んでいくようにも思えますが、現状ではあまり進展していません。いくつかの要因がありますが、その中でも重要なのは安倍政権になって「幼児教育無償化」という新たな政策が浮上してきたことです。第二次安倍政権では女性の活躍と幼児教育の充実という2つの方向性が混在している状況なのです。
このように政権交代のたびに政策が変更された事例として、他に第1章の農業政策があげられています。
これは結章では、09年の政権交代では変化がなかったが、12年の政権交代で大きな変化があった事例として扱われています。
確かに、集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更は民主党政権から第二次安倍政権の間の大きな変化の一つです。第二次安倍政権と他の政権の違いとしてこの政策を一番にあげる人も多いと思います。
ただ、この牧原論文を読んでみると、「内閣法制局外し」の志向は民主党政権の時からあったことがわかります。もともと、小沢一郎を中心として民主党には国会における官僚の答弁を禁止・制限しようとする動きがありました。特に小沢一郎は以前から内閣法制局のあり方に疑問を持っており、民主党政権発足後の国会開会前の2010年1月には、宮崎内閣法制局長官が辞任し、梶田氏が就任するという異例の人事がありました。
実際、民主党政権は国会答弁担当大臣を置くことによって、内閣法制局長官を補助的に役割に止めようとします。一方、野党となった自民・公明党は政府の一貫した解釈方針をただすいう理由で内閣法制局長官の答弁を求めました。
ところが、第二次安倍政権は内閣法制局長官に駐仏大使であった小松一朗をあてるという異例の人事で内閣法制局に介入します。これによって第二次安倍政権は集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更を行うわけですが、こうした一連の過程の中で、「内閣法制局は徐々に内閣に対する自立性と国会に対する中立性を失っていった」(269p)のです。
先ほど述べたように、やや異を唱えたいのがこの消費税増税の位置づけ。
この章では、麻生政権が消費税増税を試みようとしたものの、公明党と自民党内の「上げ潮派」(中川秀直らを中心とするグループ)に阻まれたところからその後の消費税増税をめぐる動きを追っています。
ご存知のように当初、民主党は消費税増税を封印していました。しかし、財務大臣を経験した菅直人が首相になると、にわかに消費税増税に意欲を見せ始め、2010年の参院選で敗北します。
この敗北にもかかわらず菅政権は与謝野馨を経済財政担当大臣に起用し、あくまでも消費税増税をめざしました。さらにその後継の野田内閣は「直勝内閣」(財務事務次官の勝栄二郎をもじったもの)などと言われたように、消費税増税に邁進し、「2014年4月から8%、2015年10月から10%」という三党合意をとりつけます。民主党には以前の自民党の党税調のような税制を取り仕切る機関はなく、小沢グループの反対も押し切ることができました。
民主党政権に変わって政権を担った安倍首相は三党合意の当事者ではなく、その路線とは距離を取る姿勢を見せました。党税調に対してもこれを軽視する姿勢を見せ、あくまでも官邸主導で税制を動かそうとしていきます。
2014年4月の8%への引き上げこそなされましたが、2014年11月には消費税増税の延期の表明と衆議院の解散が行われ、2016年には再度延期されます。また、財務省と自民の党税調が反対した軽減税率の導入も、党税調の野田毅党税調会長を更迭して呑ませています。
筆者は、民主党政権と第二次安倍政権の継続点として、官邸主導の税制改正、消費税の8%への引き上げをあげ、変容点として10%への引き上げの二度に渡る延期をあげています。
編者の竹中治堅はこの継続点に重きをおいて、消費税をめぐる政策が民主党政権から第二次安倍政権にかけて継続されたとみているのですが、はたしてそれは妥当なのでしょうか?
もともと8%への引き上げは法律で決まっていたことであり、また政党同士の約束でもあったので安倍首相といえどもひっくり返すのは容易ではなかったはずです(景気条項はありましたが2013年後半の景気は良かった)。やはり、そこよりも10%への引き上げを2回にわたって延期したほうが重要なのではないでしょうか。
また、この一連の動きのなかで財務省の影響力が大幅に失われるというある種の政治権力の移行も伴ってます。この章でも引用されている安倍首相の「財務省はずっと間違えてきた。彼らのストーリーに従う必要はない」(171p)というセリフは、日本の政治の転換点の一つの象徴となる可能性もあります。
とりあえず、現在の安倍政権において財務省はマクロ経済政策のイニシアティブを失っており(安倍首相が読んでくる経済学者の顔ぶれ、クルーグマンやスティグリッツやシムズなどからもそれはうかがえる)、このマクロ経済政策と財務省の失墜こそが、民主党政権と第二次安倍政権の断絶を示すものなのではないでしょうか。
逆に言うと、民主党政権の後を安倍首相ではなく、谷垣禎一、石破茂、石原伸晃の誰かが継いでいれば、民主党政権と第二次自公政権の継続性はかなり強いものになった可能性が高いでしょう。
ちなみに、ここでは詳しくとり上げませんが、第6章のアジア外交は第一次自公政権から民主党政権、第二次安倍政権と政策が基本的には継続したタイプになります。
民主党政権は第一次自公政権を否定する形で政権を獲得し、第二次安倍政権は民主党政権を否定する形で政権を獲得しましたが、日本の直面する課題や日本を取り巻く環境が変わったわけではありません。また、90年代に行われた選挙区制度の改革と省庁再編は新しい統治のスタイルを要請しているわけで、この本のように継続性に注目することで、現在の政治が置かれている条件が見えてくる面白さはあります。
そしてその中でもなお違いが現れるとしたら、それはどんな要因なのかということもこの本からは見えてきます。
- おまけ:「仙谷無双」について
民主党政権の記述において、とにかくよく出てくるのが仙谷由人の名前。電力改革でも防衛大綱でも憲法解釈の部分でも出てきて、電力改革に関しては「注」で「そもそもなぜ仙谷がここまで影響力を持つことができたのか、説明することは難しい」(82p)とまで書かれています。
おそらく、省庁や各種団体、政治家の間になって調整できる人物が民主党には仙谷由人以外あまりいなかったということなのでしょうね。その仙谷由人が尖閣諸島中国漁船衝突事件と「自衛隊は暴力装置」発言で官房長官の座を追われたことによって、民主党はこれらの調整に関して財務省に頼らざるを得なくなったのかな、とも思いました。
二つの政権交代: 政策は変わったのか
竹中 治堅