マイケル・L・ロス『レント、レント・シージング、制度崩壊』

 『石油の呪い』が面白かったマイケル・L・ロスが2001年に出した本の翻訳で、こちらは木材ブームとそれが制度にもたらす影響を分析しています。
 原題は「TIMBER BOOMS AND INSTITUTIONAL BREAKDOWN」。それをレント・シーキングを研究する研究者たちが訳したこともあって、このようなタイトルになっています。出版元は人間の科学新社という聞いたことのない出版社で、そのせいもあって訳文は硬いですし、固有名はすべてアルファベット表記(マルコスやスハルトもアルファベット表記)という、やや一般向きではない文章になっています。


 内容は『石油の呪い』と同じく、「資源国の政治がうまく行かないケースが多いのはなぜか?」という問題をテーマにしています。
 資源ブームはその資源の保有国に恩恵をもたらしてくれそうなものですが、現実を見るとそうではありません。資源ブームによってもたらされる富以上に財政規模を拡大させ、その後に経済状況が悪化したり財政危機に陥ったりする国が非常に多いのです。
 これまで、この政策の失敗は「降って湧いた富が政策形成者を近視眼的、多幸的状態にさせる」、「政府が資源の富を狙うレント・シーカーの強い圧力を受ける」といった理由で説明されてきましたが、この本で著者は「レント・シージング(rent-seizing:レント占有)」という耳慣れない概念を持ちだしています(15ー16p)。


 レントとはもともと地代や土地の賃貸料を表す言葉で、それが転じて経済学では超過利潤のことをレントいうようになっています。資源価格が高騰すると、資源の保有者は採掘にかかった費用を上回る価格で資源を売ることができます。まさにレントを手にすることができるのです。
 そして、このレントを手に入れるために民間企業が政府などに働きかけて都合のいい規制を設定してもらったり緩和してもらったりすることを「レント・シーキング」といいます。このレント・シーキングは経済学でも一般的に使われる言葉です。
 しかし、「レント・シージング」はあまり聞かない言葉です。この本ではレント・シージングを「政府アクターがレントを配分する権利を獲得する行為」(15p)と定義しています。
 そして、このレント・シージングは政府アクターが行う分、レント・シーキングよりも厄介です。レント・シーキングに関しては政府がそれを阻止するための法律や制度をつくることができますが、レント・シージングはそういった法律や制度を捻じ曲げることによって行われるからです。


 この本ではそうしたレント・シージングの実態を、東南アジアにおける木材ブームを題材にして分析しています。とりあげるのはフィリピンとマレーシアのサバ州サラワク州インドネシアの4つの国や地域です。
 それぞれの政治体制は違いますし、森林を保護するための設けられていた制度や森林局の独立性といったものも違うのですが。いずれの場所でも森林が維持可能な水準をはるかに上回る伐採がなされることなり、森林資源は大きく毀損されました。


 ちなみにこの4つの事例の分析というところが『石油の呪い』と大きく違うところです。『石油の呪い』の「解題」でも触れられていましたが、この『レント、レント・シージング、制度崩壊』が事例分析中心なのに対して、『石油の呪い』は計量分析が中心であり、同じテーマを扱いながらもそのアプローチの仕方が違います。
 やはり計量分析だと、ここのアクターの行動(政治家の判断など)に関わらず条件が整えば特定の帰結になるという印象を受けますが、事例分析だと政策の帰結は個々のアクターの行動によって左右されるという印象を印象を受けますね。


 個々の事例については本書を読んで確認してほしいのですが、興味深いのは森林を保護する制度が一番弱かったインドネシアにおいて、レント・シージングが一番顕著でない点です。
 確かにしっかりとした制度はレント・シージングに抵抗するのですが、一番しっかりとした森林保護制度をもっていたフィリピンでも、結局はマルコスによって規制は骨抜きにされてしまいました。
 一方、インドネシアでは制度が弱かったせいもあって木材ブームが始まる前にスハルトが森林資源におけるレントを確保していました。また、スハルトが長期政権を築いたことも結果的に森林の伐採ペースを遅らせました。
 民主主義国家では、選挙で下野する前にできるだけレントを獲得する必要がありますが、スハルトのような独裁者はそうした焦りを感じる必要はないのです(もちろん、独裁だからいいというわけではなく、フィリピンではマルコスが独裁体制を確立する時期に猛烈な勢いで森林が伐採された(91pの図4.2参照))。
 そして、インドネシアに関して石油というもっと大きなレントの存在があったことも木材のレントの消尽を抑えました。インドネシアの木材レントは国内の製材業の育成といった方向に向けられたのです(そんなにうなくはいかなかなかったようですが)。


 全体としては、やはり『石油の呪い』のほうが完成度が高いですし、翻訳的にも読みやすいと思いますが、天然資源の問題や独裁体制について興味がある人は目を通しておいてもいいんじゃないでしょうか。
 ちなみに絶版のようですが、Amazonで古本がやすく買えます。


レント、レント・シージング、制度崩壊
M.L. ロス Michael L. Ross
4822603024