ハサン・ブラーシム『死体展覧会』

 1980〜88年にかけて行われたイラン・イラク戦争、1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争、そしてその後の混乱とIS(イスラーム国)の台頭。近年、もっとも戦争というものを経験してきたのがイラクという国なのかもしれません。
 そんなイラク出身の作家がこのハサン・ブラーシム。1973年生まれで少年期をクルド人地域のキルクークで過ごし、2000年に政府からの圧力を受け、国外に脱出、イラン、トルコ、ブルガリアを経由してフィンランドに辿りつき、そこで市民権を得たという人物です。


 この本には「死体展覧会」、「コンパスと人殺し」、「グリーンゾーンのウサギ」、「軍の機関紙」、「クロスワード」、「穴」、「自由広場の狂人」、「イラク人キリスト」、「アラビアン・ナイフ」、「作曲家」、「ヤギの歌」、「記録と現実」、「あの不吉な微笑」、「カルロス・フエンテスの悪夢」の14篇が収録されています。


 まず、インパクトがあるのが表題作でもあり冒頭に置かれた「死体博覧会」。人を殺してその死体をいかに芸術的に展示するかを追求する集団の話で、荒唐無稽な話ではあるのですが、ISが処刑の様子を全世界に流しているような世界では、これがまた何とも不気味な寓話として機能します。
 「コンパスと人殺し」は、暴力の蔓延するイラクで主人公の巨漢の兄アブー・ハシードが好き放題するさまと、その友人が語るパキスタン人の少年の話。最初から最後まで暴力に支配された救いのない世界が描かれています。


 この冒頭の2篇はかなり強烈で、それだけでも読む価値は十分にあるのですが、そこからはやや一本調子のような気もしました。
 ただ、「アラビアン・ナイフ」を読んで、このハサン・ブラーシムという作家が救いのない世界をただひたすら描くだけの作家ではないということがわかりました。
 

 「アラビアン・ナイフ」は、ナイフを消す能力を持つ人間と、そのナイフを取り戻す能力を持つ人間の話。僕、ジャアファル、アッラーウィー、肉屋の4人はナイフを消す能力を持ち、僕の結婚相手となったスアードはその消えたナイフを取り戻すことが出来る。それは一種の小さな奇跡なわけで、それが何かを生み出すのを期待したいところですが、イラクの現実は残酷です。
 この短編にはイラクがそのような残酷な世界になってしまったことへの哀しみのようなものが感じられ、強く印象に残りました。


 この他にも、過激派の処刑動画で殺される役を演じる男についての話である「記録と現実」なども印象に残ります。


 全体的にリアルさと寓話が混ざり合った世界が展開されており、そこから暴力に支配されるようになってしまった国と、それがそこで暮らす人に与えた影響が強烈な形で描かれています。
 改めて戦争とその後の混乱によって失われたものの大きさを突きつけられる作品集です。


死体展覧会 (エクス・リブリス)
ハサン・ブラーシム 藤井 光
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