向大野新治『議会学』

 衆議院事務総長をつとめる著者による本。本書の売りは主に2点で、1つは長年国会の運営に携わってきた政治観や議会観。もう1つは議会に関する雑学的な知識です。

 とりあえず、目次は以下の通りです。

第1章 統治上の意思決定をするのは誰か
第2章 政治とは何か
第3章 議会の歴史
第4章 国会議事堂
第5章 議員
第6章 国会役員
第7章 会期及び国会開会頭初のイベント
第8章 議案等の審議、国政調査
第9章 内閣との関係
第10章 会派
第11章 事務総長と事務局

 

 まず、第1章と第2章が、著者の政治観や議会観が述べられている部分です。

 議会という一定以上の数の代表者が集まって議論をし、決定する場だと思われています。話し合いの中で、それぞれが議案の問題点を洗い出し、ときに譲歩をしながら最終的にみんなが納得する決定をするというのが多くの人が考える議会の理想的な姿でしょう。

 

 しかし、著者は意思決定は少人数でしかできないことであり、議会のような大所帯が統治を行うことは不可能だといいます。

 議会は統治の主体ではなく、統治者の判断や行動が間違わぬようにチェックし、ときに修正し、責任を追求するためのものなのです。そのため筆者は、議院内閣制の国の議会では「統治者を選ぶことがもっとも重要となってくる。その結果、立法権国政調査権は、そのための手段と化していくのである」(34p)と述べています。

 議会はあくまでも権力闘争の場であり、議事妨害や牛歩などの行為も少数派が決定を受け入れるために必要なセレモニーであると著者は考えています。

 やや偏った見方ではあると思いますが、現実の国会の動きを説明していると言えるかもしれません。

 

 第3章〜第6章は、雑学的な知識が中心となっていくのですが、これが本当にいろいろなことを網羅していて面白いです。

 例えば、「議会」を表す英語には、Parliament、Diet、Congress、Assemblyと4つもあるのですが、日本の国会をNational Dietというのはなぜなのか?(→ドイツの議会を模範としており、その会議が英語でDayを表すTagだったから)や、議場のスタイルの違い、議員の服装など、さまざまなトピックがとり上げられています。

 他にも不逮捕特権の由来と意味や第一回衆議院総選挙の風景などが興味深いです。第一回の選挙では立候補制をとっておらず、別々の選挙区から同一人物が選出されるという珍事も起こっています(大分一区と五区から当選した元田肇と愛媛一区と四区から当選した鈴木重遠(106ー107p))。

 また、第6章では各国の議会における議長の立場を紹介しており、こちらも興味深いです。

 

 第7章と第8章では具体的な国会での審議のプロセスを扱っています。

 日本の国会の特徴は質疑というプロセスが審議の大半を占めていることです。与野党の討論もなくはないのですが、その多くは形式的なものにとどまっています。

 これには日本に議会が誕生した時の状況が影響しているといいます。当初、内閣は「超然内閣」を標榜しており、大臣は議員ではありませんでした。そして、帝国議会で意見を聞いたとしてもそれにとらわれる必要はないと考えていたのです。一方、政党(民党)は政府を攻撃したいわけで、そのためには大臣を議会に読んで質問をするということが必要でした。

 そして、現在の国会の花形といえば、予算委員会の基本的質疑ですが(よくNHKで中継されるやつ)、これは1950年に全大臣の出席を求めることとなったことから、しだいに国会質疑の中心となっていきました。

 さらに近年では、議員がメディアに自分の活躍を映してもらいたがることもあって、テレビ中継が行われる集中審議も増えています。

 

 他にも牛歩について触れていて、牛歩の起源としては1929年の第56回議会での床次竹二郎提出の衆議院議員選挙法改正案に対して、野党が抵抗し、点呼を受けてもゆっくりと出て行ったことを、美濃部達吉がそうした投票の様子を牛に例えたことがあったとのことです(216ー217p)。

 その後、衆議院では1947年の炭鉱の国家管理をめぐる問題の際に衆議院で牛歩が行われ混乱しました。そこで衆議院では規則の改正が行われ議長が時間を制限した時の制限時間内に投票しないと棄権と見なすという規則が設けられたのですが、参議院にはこおような規則はつくられませんでした(217ー218p)。

 

 これ以外も第10章の会派の部分などは国会や政治を考えていく上で興味深い部分だと思います。

 

 まあ、多くの人が読むべき本というわけではなのかもしれませんけど、雑学好きには面白いと思いますし、また、社会科の教員には、ネタの少ない国会の部分に関して多くのネタを提供してくれる本としてお薦めできます。