レアード・ハント『ネバーホーム』

 アメリカの田舎を背景にノコギリで音楽を奏でる鋸音楽師など不思議な人々を、詩に近いような語り口で語った『インディアナ、インディアナ』や、奴隷制の社会に生きる女性の幻想的な語りを通して奴隷制の歪みを描いてみせた『優しい鬼』を書いたレアード・ハントの長編小説。訳は前2作に引き続き柴田元幸です。


 今回の主人公は南北戦争に従軍した女性兵士です。インディアナ州で夫のバーソロミューと農場を営むコンスタンス・トムソンは、戦場には向かいない夫の代わりにアッシュ・トムソンと名前を変え、北軍の一員として従軍します。
 このように書くと何だか荒唐無稽な話にも思えますが、実際に男性に扮して南北戦争に従軍した女性はかなりいたようで、「訳者あとがき」では「四百とも千ともいわれ」(245p)ると書かれています(南北戦争は日本ではちょうど幕末のころで、戊辰戦争でも新島八重がいましたね)。そんな女性兵士が夫に送った手紙からインスピレーションを得て、この小説は書かれています。


 まず、この小説の特徴は語り口にあります。『優しい鬼』と同じように、学歴があるわけではない田舎の女性が語り手なのですが、ややたどたどしいながらも、ときに力強さも感じさせる語り口で、小説の世界へと引き込んでいきます(翻訳ではわざと熟語の一部をひらがなにするなどして、たどたどしさを出している)。
 この小説は3部構成なのですが、その語り口のせいもあって、第1部は戦争の話でありながら、どこかしらおとぎ話的な雰囲気もあって、主人公のアッシュが射撃の腕でもって活躍する様が描かれます。もちろん周囲に女性であることは隠しているわけですが、男社会の中で輝くアッシュの姿がある種の痛快さを生みます。


 ところが、戦争というものはそう甘くはないわけで、第2部の冒頭での激戦以降は、小説は次第に暗い色彩を帯び始め、女性、黒人奴隷、病人といった周縁的存在がクローズアップされていきます。そして、主人公のアッシュもまた、周縁的な存在にすぎないということを思い知らされるのです。
 

 第3部は家への帰還の話であり、一種のロードムービーのような展開を見せます。ここでの黒人女性と出会うシーンなどは非常に緊迫感がありますし、またかつての上官の妻と過ごす日々にも重みがあります。
 そして、ラストは小説の冒頭からは想像しにくいような展開を見せ、タイトルの「ネバーホーム」という言葉(レアード・ハントの造語)の意味を考えさせられるのです。
 

ネバーホーム
レアード・ハント 柴田元幸
4022515090