『タクシー運転手 約束は海を越えて』

 1980年5月に、韓国・全羅南道の光州市を中心として起きた民衆蜂起である光州事件を、それを伝えようとしたドイツ人記者と、その記者を乗せて戒厳下の光州市まで運んだタクシー運転手を描いた作品。実話をもとにした作品ですけど、後半はフィクションも入っているのでしょう。
 監督のチャン・フンキム・ギドクの助監督を務めていた人物です。
 

 主人公のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)はソウルのタクシー運転手。妻に先立たれ一人娘と暮らしていますが、その生活は厳しく金に困っています。当時(1980年)の韓国は、1979年に朴正煕大統領が暗殺されたあと、クーデターで全斗煥が権力を握った状況でしたが、民主化を求める学生たちのデモが各地で起きていました。
 ただし、マンソプは大学生のデモを金持ちの子どもの道楽くらいにしか見ておらず、タクシーの運行を邪魔するものと考えています。


 一方、ドイツ人記者のピーター(トーマス・クレッチマン)は東京駐在の特派員ですが、韓国で事態が緊迫しているのを知り、韓国飛び、情報がシャットアウトされている光州に潜入しようとします。
 このとき、日本で流れているのはハプニング解散のニュース。ピーターは日本での生活を「快適すぎる」と言いますが、それと同じ時期に光州で繰り広げられた凄惨な弾圧との落差が、日韓の時代のズレを感じさせて興味深いです。


 ピーターが光州まで運んでくれたら10万ウォン出すと知ったマンソプは、英語が喋れると言って(実際は片言しかしゃべれない)、その仕事を引き受けます。
 このあたりはソン・ガンホのコミカルな演技が目立ち、それを笑いながら見るという感じです。
 ただ、主人公のマンソプはサウジでトラックを運転していたという出稼ぎ経験があり、それで少しだけ英語がしゃべれるという設定や、ピーターがドイツ出身と聞いて「友人が炭鉱で働いていました」と答えるシーンなどからは、当時の韓国の経済状況などもかいま見えます。


 そして、いよいよ光州市へと潜入するわけですが、マンソプはまったくのノンポリであり、軍の弾圧と聞いても半信半疑です。
 そんなマンソプが実際にデモや軍による弾圧を見て変わっていくのがこの映画の一つの見せ場であり、ソン・ガンホの演技の上手さが目立つところでしょう。
 光州市の学生や、同業のタクシー運転手との交流もうまく描かれていますし、催涙弾→こん棒による殴打→実弾射撃とエスカレートしていく軍の狂気の描き方も上手いと思います。
 特に学生や市民に対する無差別射撃のシーンは、見ている方も無力感に襲われます。


 後半の脱出のシーンはさすがにつくりすぎ(劇的に盛り上げすぎ)ではないかと思うのですが、ソン・ガンホをはじめとして役者がいいのでしらけることはないですね(韓国の治安機関が無能すぎるとは思いましたが)。
 1980年というと、自分もギリギリわずかな記憶がある時代なのですが(さすがに光州事件のことは覚えていない)、改めて1980年という時点での日本と韓国の置かれた状況の違いというものを感じました。そして、このような近い過去の出来事の違いというものが、例えば、今日の南北首脳会談に対する反応の違いなどにも現れているのだろうな、と思いました。
 素直に楽しめますし、いろいろな事を考えさせるよい映画です。