『泣き虫しょったんの奇跡』

 基本的に地味な映画なのですが、キャストがびっくりするほど豪華。主演の松田龍平、幼なじみかつライバルをRADWIMPS野田洋次郎というのはともかくとして、松たか子小林薫に、先日のNHKスペシャル「未解決事件」の国松長官狙撃事件の回で熱演を見せた國村隼イッセー尾形染谷将太永山絢斗がいて、ちょい役で妻夫木聡新井浩文藤原竜也。近年の邦画の中でも屈指の豪華キャストといえるのではないでしょうか。


 ところが映画としては地味です。
 中学生でプロ棋士になるための奨励会に入るも、26歳の年齢制限までに四段に上がることが出来ずに奨励会を退会、その後アマチュアとして活躍し特例の編入試験を受けてプロ棋士になった瀬川晶司の話で、彼の小学生時代からプロになるまでが描かれています。
 特にドラマチックにつくった部分はない感じですし、松田龍平の演技もあくまで「受ける」感じの演技で、主人公のエネルギーが物語を引っ張るというタイプの映画でもありません。それでも淡々とした流れの中にいくつか強い印象を残すシーンが有るよい映画です。


 まずは主人公の少年時代。まずは主人公の「しょったん」に自信を与える小学5年生の時の担任を松たか子が好演しています。そしてしょったんはライバルとなる鈴木悠野と出会い、2人で町の将棋道場に通うようになります。この将棋道場に行くときに自転車のシーンはいいですね。
 また、ここで光るのがイッセー尾形の演技。主人公たちを本格的な将棋の世界にいざなう口うるいおやじで、イッセー尾形がいかにもな感じで演じているのですが、瞬間的に溢れ出るようなものを見せるシーンがあって、そこが巧い。

 
 その後、しょったんはプロ棋士を目指して奨励会に入り、悠野は奨励会に入らず普通の生活の道を選びます。
 奨励会はプロ棋士を目指す若者が集う場所ですが、そこには年齢制限があり26歳までに四段になれなければ強制的に退会となります。しょったんは21歳で三段リーグに入りますが、リーグ戦は1年に2回、そこで2位以内に入る必要があります。しょったんに与えられたチャンスは4年ほど。これは長いようで短い期間です。
 26歳の年齢制限になって、あるいは自らの才能に見切りをつけて、一人また一人と奨励会を去っていきます。タイムリミットのある奨励会では一回負けるごとに自分の可能性が失われていくのです。
 この映画ではこの奨励会のシーンに比較的大きなウェイトが置かれています。孤独に耐えて勝ち上がった者の強さと孤独に耐えられなかった者の弱さを丁寧に描いていくのです。


 後半はしょったんが再び将棋の世界に戻り、アマチュアとして好成績を収めてプロを目指すという展開です。
 ここはかなりオーソドックスにつくってあるのですが、小林薫が演じる人物が小林薫演じる人物が「奨励会を退会した人間の多くは将棋を憎むようになるが、君は将棋が好きでしょ?」と言うシーンには良かったです。また、冒頭のシーンの伏線が回収される部分があるのですが、そこもジーンと来ますね。
 

 最初にも述べたように、この映画はタイトルに「奇跡」とつくわりにはずいぶんと地味な映画です。奇跡の出会いや奇跡の一手が描かれているわけではありません。
 けれども、さまざまな人との出会いや人生の積み重ね、誰かの一言、そういったものが積もり積もって前代未聞のプロ編入という「奇跡」が起きたということを教えてくれるものとなっています。
 監督の豊田利晃は一度覚せい剤で逮捕されて姿を消していましたが、再起しました。そういった経験もあったからこそ、このように丁寧な「再起の物語」を撮ることができたのではないかと思いました。


 あと、特筆すべきなのは音楽。対局シーンを中心に音楽が良いアクセントをつけているのですが、担当したのはBlankey Jet City照井利幸。非常にかっこいいです。


泣き虫しょったんの奇跡 Original Soundtracks by Toshiyuki Terui
音楽:照井利幸
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