マット・ヘイグ『トム・ハザードの止まらない時間』

 主人公のトム・ハザードは見た目は40歳ほどの男ですが、実は1581年生まれで400年以上生きているという設定です。こう書くと不老不死の男の物語を想像する人もいるかもしれませんが、少し違います。

 主人公は遅老症(アナジェリア)と呼ばれる病気であり、思春期までは順調に成長しますが、それ以降は極端に年を取るのが遅くなりま。だいたい15年で1歳ほど年をとる感じであり、また、病気に対する免疫力なども高まるために、殺されたり大怪我をしたりしない限り何百年も生き続けることになるのです。

 

 16世紀末にフランスのユグノーの家に生まれた生まれたトム・ハザード(フランス読みだとアザール)は、ユグノーの弾圧を逃れるためにイングランドへと渡り、そこでシェイクスピアと出会い、さらにはクック船長の船に乗り込み、パリではスコット・フィッツジェラルドゼルダと出会い、現在はロンドンで歴史の教師をしています。

 

 こう書くと、さぞかしすごい歴史スペクタクルが展開するのかとも思いますが、この小説ではこれらの有名人との出会いはあくまでもスパイスのようなものであり、本筋は年を取らない人間の抱える困難と孤独です。いつまでも年を取らない人間は当然ながら周りから不信の目で見られますし(特に主人公の生まれたころの魔女狩りがまだ行われていた時代ならなおさら)、たとえ恋愛とをしたとしても相手だけが一方的に年を取っていきます。

 このあたりは高橋留美子の『人魚の森』とかを思い出しました。

 

 こうした狙いが成功しているかというと、十分に成功しているとは言い難い面もあって、途中で出てくる遅老症の人びとの秘密組織「アルバトロス・ソサイエティ」の設定がちょっと雑なんですよね。

 主人公の内面を丁寧に追うのはいいのですが、それによってこの秘密組織の雑さが気になってしまう部分がありました(もっと歴史スペクタクルに寄っていれば気にならなかったのかもしれない)。

 

 ただし、読んで面白いのは確かで、読者を引っ張り込む内容にはないっていると思います。ベネディクト・カンバーバッチ主演で映画化が進行中との話ですが、確かにこれは映画向きの話でもありますし、ベネディクト・カンバーバッチ主演なら見てみたいですね。