ローレンス・サマーズ、ベン・バーナンキ、ポール・クルーグマン、アルヴィン・ハンセン著/山形浩生編訳『景気の回復が感じられないのはなぜか』

 サマーズが口火を切り、バーナンキクルーグマンとの間で2013〜15年にかけて行われた長期停滞論争を山形浩生が訳しまとめたもの。アルヴィン・ハンセンは1930年代に長期停滞という概念を提唱した経済学者で、この本にはその演説「経済の発展と人口増加の鈍化」の抄訳も収録されています。

 

 目次は以下の通り。

はじめに――長期停滞論争(山形浩生)
1 アメリカ経済は長期停滞か?(ローレンス・サマーズ)
2 遊休労働者+低金利=インフラ再建だ! ――再建するならいまでしょう! (ローレンス・サマーズ)
3 財政政策と完全雇用(ローレンス・サマーズ)
4 なぜ金利はこんなに低いのか(ベン・バーナンキ)
5 なぜ金利はこんなに低いのか 第2部――長期停滞論(ベン・バーナンキ)
6 なぜ金利はこんなに低いのか 第3部――世界的な貯蓄過剰(ベン・バーナンキ)
7 バーナンキによる長期停滞論批判に答える(ローレンス・サマーズ)
8 一国と世界で見た流動性の罠(ちょっと専門的)(ポール・クルーグマン)
9 なんで経済学者は人口増加を気にかけるの?(ポール・クルーグマン)
10 日本の金融政策に関する考察(ベン・バーナンキ)
11 経済の発展と人口増加の鈍化(抄訳)(アルヴィン・ハンセン)
解説――長期停滞論争とその意味合い(山形浩生)

 

 ここに並んでいる論考はいずれも講演、一般紙の論説記事、ブロクなどの形で世に送り出されたものであり、いずれも平易に書かれています。さらに山形浩生が丁寧な解説を付けており、非常にわかりやすいものとなっています。

 ケインズは経済学者の仕事は経済問題を扱ったパンフレットを書くことだということを言っていますが、まさにパンフレット的な本だと思います。

 では、本屋でちょこっと立ち読みすればそれで済むかというと、そんなことはないです。何回か見返したくなるような重要な知見を含んでおり、世界経済と日本経済を考えていく上でぜひとも頭に入れておきたい内容を含んでいます。特に日本経済を考える上でバーナンキの日銀で行われた講演「日本の金融政策に関する考察」は重要でしょう。

 

 おおまかな内容については山形浩生の書いた「はじめに」と「解説」を読めば十分なのですが、一応、ここでもおおまかな内容を紹介していきます。

 

 口火を切ったのはサマーズです。サマーズはリーマンショックのダメージは大規模な金融緩和などである程度食い止めることができいて、株価なども戻ってきているけど、経済成長率は十分には戻っておらず、金融バブルが起こってもおかしくないほどの金利水準なのに投資が戻っていないのはなぜなのか? これは長期停滞の時代に入ったということではないのか? と主張します。

 そして、そうであるならばインフラ投資などの財政政策によってこの需要不足を埋めるべきではないかというのです。

  現在の先進国は需要制約の状況にあり、この需要を公共投資によって埋めることが経済成長につながり、長期的には財政の好転にもつながるだろうというのがサマーズの主張です。

 

 これに対して、バーナンキアメリカ経済が長期停滞に直面しているという考えに疑義を呈し、サマーズは国際的な要因に目を向けていないといいます。金利水準が低いのは世界的な貯蓄過剰(中国を含む新興アジア諸国産油国、そしてヨーロッパなどの経常黒字)がもたらしたものだというのです。

 そして、中国の経常黒字が減っているように、現在は調整局面にあり、やがてこの貯蓄過剰はある程度解消されていくのではないだろうかというのがバーナンキの見立てになります。

 

 この論争に割って入ったのがクルーグマンで、バーナンキが「サマーズは国際要因を考慮していない」と批判したのは正しいとしながらも、長期停滞の懸念はあるといいます。

 ここで持ち出されるのが日本なのですが、日本は長年需要不足に苦しんでおり、まさに長期停滞と言っていい状況です。

 ところが、日本の資金は高金利を求めて海外に殺到したりはしませんでした。国内の低金利を甘んじて受け入れています。これは日本のデフレを考えると日本の実質金利はそれほど悪くなかったからです。

 そして、クルーグマンは現在のユーロ圏がこのような運命をたどる可能性があるといます。ドイツの金利はすでに大きく低下しており、コアインフレ率も低迷しています。ユーロ圏は経常黒字を貯め込みつつ、ユーロ自体の価値は低迷しているのです。

 このユーロ圏の資本輸出はそう簡単に終わるとは思えず、長期停滞が輸出される可能性は十分にあるというのがクルーグマンの見立てです。

 

 そして、このあとにバーナンキの日銀講演が置かれています。

 ここでバーナンキは過去に日本の金融政策を批判していたが、自らはFRBの議長になってからは非伝統的な金融政策の扱いづらさや財政政策との連携の必要性も理解するようになったと述べています。

 それでも金融緩和策は正しく、中央銀行インフレ目標を追求し続けるべきだとしています。そして、黒田日銀の政策も評価しているのですが、ところが日銀が思い切った政策をしてもインフレ率は上がってきません。

 ここで持ち出されるのが世界的な貯蓄過剰説と長期停滞論です。アメリカにおけるサマーズの長期停滞論を否定したバーナンキでしたが、ここ日本では長期停滞論を否定していません。そして、インフレ目標を達成する手段として財政政策との連携を提案しています。

 日銀は目標値を0.7ポイント超えるインフレ率を三年間か、0.4ポイントを超えるインフレ率を五年間続けることで、GDPの2%分の財政プログラムに結果として資金を供給できます。(中略)

 ここでは、この仮想的な財政プログラムの中身には立ち入りません。ただ、このプログラムをアベノミクスの三本目の矢である構造改革の推進に使うと有益ではないかと指摘していおきます。そして、構造改革は長期的な成長率の引き上げに欠かせないものです。たとえば、再訓練プログラムや所得補助は非効率部門を改革する際の抵抗を和らげられるし、的を絞った社会福祉は女性や高齢者の労働参加を増やすのに貢献します。(94p)

  そして、デフレ脱却のための最も有望な政策として、この金融政策と財政政策の連携をあげています。バーナンキも日本に関してはサマーズと同じ処方箋を示しているのです。

 

 最後のハンセンの講演は、山形浩生が解説でも述べている通り、外れた議論なのですが、今の日本経済に対する悲観論と同じようなことを言っているのがポイントで、今でも読んでおく価値はあります(ただ、マーク・マゾワー『暗黒の大陸』でも述べられていたように、20世紀前半の少子化のトレンドは第二次世界大戦を境に反転するんですよね。日本にそのような反転の機会はあるのか?)。

 

 最初に述べたようにパンフレットのような本ですし、充実した解説もあって簡単に読めると思いますが、なかなか重要なポイントを教えてくれる本です。