デボラ・フォーゲル『アカシアは花咲く―モンタージュ』

 松籟社〈東欧の想像力〉シリーズの1冊で、ポーランド(当時はオーストリア領)の同化ユダヤ人の家に生まれた女性作家デボラ・フォーゲルの中短編集。

 〈東欧の想像力〉シリーズの前回配本はイヴォ・アンドリッチの『宰相の象の物語』というノーベル賞作家のものでしたが、今回のフォーゲルについては知っている人はあまりいないでしょう。僕も初耳でした。

 解説によると、ブルーノ・シュルツと交流があり、シュルツの『肉桂色の店』の原型はこのフォーゲルとの文通から生まれたそうです。さらに近年、アメリカのイディッシュ語雑誌に寄稿していたことも明らかになり、注目を集めているとのことです。

 

 この本には代表作の「アカシアは花咲く」をはじめとしていくつかの作品が収録されていますが、その実験的な文体は共通しています。

 例えば、「アカシアは花咲く」の冒頭はこんな感じです。

 始まりはこうだった。突然、何の前触れもなく、恋しさというバネで震えるマネキン人形のメカニズムが暴き出された。このバネこそが、安っぽくて粗悪な出来事(「人生」・・・・・・)を甘い運命のように、そして平凡な出会いを彩り豊かでかけがえのない冒険であるかのように見せていた。(73-74p)

 

 これを読んで、シュルレアリスムを思い浮かべた人もいるかも知れませんが、この本の収められている公開書簡の中で、フォーゲルは自分の作品がシュルレアリスムであることを否定しています。

 確かにシュルレアリスムのようなフロイト的な無意識の重視はなく、既存の言葉に似つかわしくないような形容詞を付けたり、あまり関連性のないような言葉を組み合わせながら、詩と散文の間のような文章が続いています。

 著者はこれを「モンタージュ」の技法だとしています。それは、さまざまな異なる要素を組み合わせることで新しい意味を作り出そうとするものです。

 

 正直、自分にはこの技法がどの程度成功しているのかはわからないのですが、時々混じってくるプロレタリア文学っぽいところと、時代の不穏な空気には惹かれるものがあります(『アカシアは花咲く』がポーランド語で刊行されたのは1936年)。

 ちなみにフォーゲルは1942年8月のゲットー内で行われたユダヤ人一掃作戦により家族とともに射殺されたそうです。