青木栄一編著『文部科学省の解剖』

 一部の人にとっては興味をそそるタイトルでしょうが、さらに執筆者に『現代日本の官僚制』『日本の地方政府』の曽我謙悟、『政令指定都市』の北村亘、『戦後行政の構造とディレンマ』の手塚洋輔と豪華なメンツが揃っており、精緻な分析が披露されています。

 ただ、今あげた名前からもわかるように執筆者はいずれも政治学者で、特に行政学を専門とする人物です。ですから、あくまでも行政学の立場から文部科学省の官僚制に対してアプローチがなされています。「文部科学省を貫く思想が知りたい」というような人の期待に答えるものではありません。

 基本となるのは2016年に行われた文部科学省の本省課長以上へのサーベイ調査(アンケートのこと)です。過去に村松岐夫が中心となって行った官僚サーベイ村松サーベイ)を参考に、文部科学省の官僚にその仕事の進め方や意識を聞くことで、文部科学省の仕事の進め方や文部科学省を取り巻く構造、そして、現在直面している問題点などをあぶり出そうとしています。

 基本的にマニアックな本だとは思いますが、明らかにされる文部科学省の実態には興味深いものがありますし、また、各章のごとのアプローチの仕方にも面白いものがあります。

 

 目次は以下の通り。

第1 章 官僚制研究に文部科学省を位置づける(青木栄一)
第2 章 サーベイにみる文部科学省官僚の認識と行動(曽我謙悟)
第3 章 文部科学省格差是正志向と地方自治観(北村 亘)
第4 章 組織間関係からみた文部科学省(伊藤正次)
第5 章 文部科学省と官邸権力(河合晃一)
第6 章 配置図からみる文部科学省統合の実相(手塚洋輔)
第7 章 旧科学技術庁の省庁再編後の行方(村上裕一)
第8 章 文部科学省設置後の幹部職員省内人事と地方出向人事の変容(青木栄一)

 

 第1章ではこの本の位置づけやサーベイの概要が語られています。村松サーベイは1976、1985、2001と過去3回行われましたが、実はその対象に文部科学省(文部省)は入っていませんでした。旧内務省系、経済官庁系が優先されたのです。

 これには文部科学省(文部省)が「三流官庁」と認識されていたことも大きいかもしれません。実際、文部科学省の官僚であった寺脇研も自著の中で文部省を「三流官庁」だったと述べています(寺脇研『文部科学省』中公新書ラクレ)参照)。

 しかし、文部科学省の一般歳出に占めるシェアは厚生労働省国土交通省に次ぐ第三位であり、教育、そして科学技術の分野に対して大きな影響力を持っています。

 

 この章ではサーベイの結果についても簡単に触れられていますが、それによると「首相」や「首相秘書官」「官房長官」といった官邸のアクターに対する接触率が低い一方で、与党国会議員との接触率が高く、また与党議員(族議員)については理解と協力が得られやすいと考えているのに対して、財務省に関しては、政策形成や執行に大きな影響力を持ちつつ調整が困難との見方を持っているとのことです。

 

 第2章は文部科学省へのサーベイがさらに精緻に分析されています。

 具体的には過去の村松サーベイとの比較を通じて文部科学省の官僚の意識や行動を明らかにしようとしているのですが、ここには注意すべき点もあって、著者も述べているように村松サーベイは過去の調査であり文部科学省(文部省)を含んでいませんし、今回の調査は文部科学省以外の省庁に対しては行われていません。つまり、村松サーベイと今回のサーベイの差は、省庁間の違いなのか、それとも調査時期による違いなのかわからないのです。

 こうした問題点を把握しつつ、ここではいくつかの特徴が取り出されています。

 

 まずは、日本にとって最重要課題は何か選択肢の中から3つあげるという問いに対して、「教育」や「科学技術」をあげた文部科学省の官僚が意外に少ないことがあげられます。これらを所管する官庁でありながら、2001年に他省庁に対して行われた村松サーベイにおける重要度の水準とほぼ変わらないのです(もちろん、今回の文部科学省サーベイで値の高かった「外交・安全保障」、「福祉・医療」は2001年以降に重みを増してきている課題なので、文部科学省の特徴というよりは現在を取り巻く状況の影響が大きいのかもしれない)。

 ちなみに、文部科学省サーベイでは「経済成長」、「国際経済」の値は低いです。

 

 次に政策の決定は誰が主導すべきかという問いに対しては、「官僚」、「関連団体」の値が01年の村松サーベイの平均よりも高くなっています。

 また、「行政裁量は減らすべき」という問いに対する値は、過去3回の村松サーベイの平均的な値よりも低く、政策形成において官僚が一定の役割を果たすべきだと考えていることがわかります。

 

 省の政策決定に影響を持つアクターとしては、先程も述べたように与党と財務省の値が高いです。一方で財務省は政策形成において調整が困難なアクターとして認識されており、毎年の予算編成において苦労している様子が伺えます。

 また、首相の影響力については高く評価していますが、接触頻度は低く、官邸主導の政治に対応しきれていない様子も伺えます。その代りに与党議員との接触頻度は高めとなっています。

 

 ただし、これらの結果は、文部科学省の特徴ではなく、例えば、過去のサーベイ対象との世代的な違い、キャリアとノンキャリアの比率の違い、官僚個人の出身地の違いなどが影響しているのかもしれません。

 この本の後半ではこうした可能性を考慮に入れた分析がなされています。今回の文部科学省サーベイは面白い結果を示していますが、それがすなわち文部科学省の特殊性を表しているというわけではないのです。

 

  第3章は文部科学省サーベイを通じて文部科学省格差是正志向と地方自治体に関する認識が分析されています。教育行政では地方自治体との協働が求められます。一方、文部科学省サーベイからは、文部科学省の幹部職員が教育を経済や雇用との関わりというよりも機会平等を達成する手段として捉える傾向が強いです。この2つの関係を明らかにしようとしたのがこの章です。

 

 まず、格差の是正を図ろうとする場合、地方政府に対しては次の4つのアプローチがあるといいます。中央政府による租税や材の移転を通じて直接個人間の格差是正を図ろうとする「集権的アプローチ」、地域間の格差是正を重視するために地方政府への財源保障を重視する「分権主義アプローチ」、地域間格差も個人格差も是正しようとする「介入主義アプローチ」、政府による介入ではなく市場に委ねる「放任主義アプローチ」の4つです。

 

 サーベイの結果、対象となった75人の中で最も多かったのは「介入主義アプローチ」(34名)、ついで「放任主義アプローチ」(20名)、「分権主義アプローチ」(18名)、「集権主義アプローチ」(3名)となります(60p表3−1)。

 2001年の村松サーベイと比較すると、その分布は旧農林水産省と旧厚生省に似ています(61p図3−1)。

 また、これらの傾向は出身地などとは特に関係なく、入省庁との関係でいうと、文部系で介入主義が多く、科学技術系で放任主義の割合がやや高くなっています(64p表3−3)。

 

 一方地方との関係ですが、地方財源に関しては、文部科学省全体が国庫補助負担金を重視している一方で、分権主義が地方交付税地方税などの自主財源を重視していないという謎の関係があります。

 さらに地方自治体の仕事ぶりに関しても、介入主義がやや地方自治体への評価が高いのに対して、分権主義と放任主義ではやや評価が低くなっています。また、今後の関係についても介入主義は前向きですが、放任主義はやや後ろ向きです。市場重視の放任主義がやや後ろ向きなのは当然かも知れませんが、注目すべきは分権主義においてもそれほど前向きではない点です。

 さらに地方自治体関係者との接触放任主義が最も高く、接触が高いながらも評価は低いという結果になっています。一方で介入主義は接触も高く、評価も高いです。

  

 こうした結果からは、全体的に地方自治体への評価はあまり高くなく、その関係にも積極的ではない文部科学省の姿が見えてきます。文科省では政治家の介入に対する警戒が強かったといいますが、それには地方自治体も含まれているとも推測されるのです。

  著者は結論の部分で「概していえば、文科省の幹部職員たちは、格差是正という政策目標を達成する手段として地方自治体を活用することにそれほど熱心ではなく、政策実現のパートナーとしてではなく、あくまで規制対象としか考えていないのではないかと思われる」(71p)と述べています。

 

 第4章には「「三流官庁」論・再考」という副題がついています。

 文科省は2000年代以降、教育振興基本計画の策定過程で財務省に敗北し、もんじゅ廃炉をめぐって経産省に敗北しました。確かに政策面からいうと「三流官庁」と言えるかもしれません。

 しかし、人事交流の面を見れば、他府省への出向率は高く、「三流官庁」とは違う姿が見えてきます。文部系は内閣官房内閣府に、科技系は内閣府原子力規制委員会に多くの職員を出向させており、他組織からの出向受け入れ率の高い「植民地型」官庁というよりは、他組織への出向率が高い「宗主国型」官庁なのです。

 また、ここでは文科省に出向している民間人の出身企業も表で紹介されているのですが(93p表4−6)、スポーツ庁に、JTBコミュニケーションデザインアサツーディ・ケイ、ミズノ、綜合警備保障大塚製薬などいかにもな会社に混じってサニーサイドアップの名前があるのが興味を引きますね。

 

  第5章は官邸との関係について。90年代以降の政治・行政改革の結果として官邸の権力は強まっています。文科省においてもそのことについての意識はいるようなのですが、第1章でも紹介したように官邸との接触頻度は低いです。この理由を考えていくのが本章になります。

 

 現在、内閣官房は官邸主導の政策形成に大きな役割を果たしており、各省はエース級の人材を送り込んでいます。文科省も例外ではありません。しかし、首相、首相秘書官、官房長官といったアクターへの接触率は低く(109p図5−3参照)、協調できる相手は相変わらず与党議員という状況になっています(111p図5−4参照)。

 この理由として、本章では文教族議員の世代交代のタイミングをあげています。小泉政権期、族議員はその発言力を低下させ、世代交代が進みましたが、文教族は今まで票や政治資金の面で恵まれていなかったとうこともあって、この時期には世代交代が行われませんでした(森喜朗などがこの時期も影響力を持っていたことなどを想起するとよい)。

 官邸主導の政策決定に移行しつつある中でも、文部行政に関しては相変わらず与党議員が幅を効かせていたのです(一方、農水省小泉政権期にすでに農業政策共同体の内部変化が生じていた)。いわば、権力構造の変化に対する適応に文科省は乗り遅れたと言えるかもしれません。

 

 第6章は本書において最もマニアックな章であり、この本の読みどころと言えるかもしれません。

 文部科学省は文部省と科学技術庁が統合した省であり、統合当初は庁舎も別々でした。 2004年からは文部省の仮移転に伴い同一庁舎となり、2008年の霞が関コモンゲート完成以降はそこに入居しています。

 こうした中で文部省と科学技術庁の統合がどの程度進んだかを探ろうとしたものです。

 

 ジャーナリストであれば官僚や元官僚に取材をして、その雰囲気などを記事にまとめるのでしょうが、この章の執筆者である手塚洋輔は、官僚が執務するフロアの配置図と机の配席図を、さらには電話番号(内線番号)を手がかりにしてそれを探ります(電話番号は混乱を避けるために追加が基本で、割当をやり直すことはほぼなく、その職が鋳つ追加されたかがわかり、さらに職名が変わった場合でも同一番号であれば継続性が高いと判断できる)。

 これらの情報に関しては『霞が関官庁フロア&ダイヤルガイド』、『文部科学省ひとりあるき』といった本が存在し、そこからわかるそうです(もちろん民間が発行しているもので必ずしも正確とは限らないそうですが)。

 

 詳しくは本書を見てほしいのですが、例えば人事課の配席図をみると(148−153p)、文部系と科技系できれいに分かれており、執務する空間自体が隔たっています。これは会計課の配席図(156−160p)を見ても同じです。

 このように、配席図からは文部系と科技系が十分に統合されていないことがうかがえます。

 

 第7章は省庁統合後の旧科学技術庁の変化を追っています。

 科学技術庁原子力基本法とともに成立した省庁で、原子力政策を中心に科学政策を所管してきました。ところが、90年代んになると、もんじゅの事故や東海村での臨界事故などに不祥事が相次ぎ、2011年の福島第一原発事故を機に、原子力政策を所管する官庁としての権限を失っていきます。また、宇宙政策に関しても主導権を内閣官房内閣府に明け渡します。これらからは科学技術庁の地位が「低下」したことがうかがえます。

 

 しかし、一方で文科省サーベイをみると、科技系の官僚のほうが文部系の官僚よりも内閣府や他省庁官僚との接触頻度は高く(169p表7−2、170p表7−4参照)、一定の存在感を持っていることもうかがえます。

 科技庁の科学技術会議は省庁統合後に総合科学技術会議(CSTP)になりましたが、2000年代後半以降、その「司令塔」機能は強化されています。2013年の『日本再興戦略:JAPAN is BACK』には「CSTPの司令塔機能を強化し、省庁縦割りを廃し、戦略分野に政策資源を集中投入する」との文言があり(196p)ます。ただし、この司令塔機能は科技庁が独占しているわけではなく、第二次以降の安倍政権のもとでの経産省の影響力の増大とともに、科技庁の発言力は弱まっているともいえます。

 

 第8章は文部科学省の幹部人事と地方出向について。

 2001〜16年にかけての文科省の幹部職員とその職員が文部系か科技系か(あるいは他象徴出身か)を一覧にした表8−1(218−219p)はなかなか壮観ですが、ここから見えてくるのは科技系の高いプレゼンスです。枢要ポストは完全な「たすき掛け」人事となっており、高等教育の官房審議官ポストにも進出しています。

 地方出向に関しては文部系がポストを守っていますが、これは出向先の多くが教育委員会が多くを占めるからです。科技系の地方出向は少ないですが、つくば市東海村に出向している点が注目すべきところでしょうか(228p)。

 

 このように、この本は徹頭徹尾行政学の本です。

 ですから、ある程度読者を選ぶ本ということになるでしょう。ただし、組織や人事に興味がある人には面白く読めると思いますし、また、省庁再編後の省庁の変化や、官僚(文科省の官僚に限りますが)の行動や意識というものも垣間見えて、興味深いです。サーベイからは、文科省の官僚はやや省庁再編後の流れについていけていない感じがしますね。

 あと、ジャーナリストとは違う研究所のアプローチがはっきりとわかるという点で面白い本だと思います。